歴史総合
歴史総合の「探究」 大項目D(4)現代的諸課題の形成と展望
2026年3月19日
- 分類
- 歴史総合
| 育成したい力 |
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| ねらい(aim)共生社会を目指すため、現代的な諸課題を把握し、その歴史的形成過程を探究する力。 本時目標(objective)自ら主題を立てて、文献を分析的に読むことで探究し、現代的な諸課題とその歴史的形成過程を具体的に調べ、また説明する。 |
なぜ、高度経済成長期の働く女性たちは差別を受けることになったのか?
2026年3月19日
| 育成したい力 |
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| 高度経済成長期の働く女性たちが差別を受けることになった理由を個人の問題としてではなく、社会(構造)の問題として考えることのできる力。歴史的な経緯を踏まえ、現在の政策(ポジティブ・アクション)の是非などを男性の果たしている役割にも注目しながら考察・判断できる力。 |
地球温暖化対策のこれまでとこれからを考える
2025年12月1日
| 育成したい力 |
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| 格差を個人の問題ではなく社会の問題としてとらえることができる。パリ協定にも見ることができる「外部化」(先進国社会の「豊かさ」を維持する為に代償を遠くに転嫁して不可視化する)が歴史的に見られることを適切な事例をあげ、説明できる。 |
「日本は唯一の戦争被爆国」という語りは、何を捨象してきたのだろうか?
2025年8月29日
単元:私たちが何気なく考えている○○人は知らずに誰かを傷つけてはいませんか?(考査問題付)
2025年7月17日
| 育成したい力 |
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| 多元主義的民主主義社会に参与しようとする態度、意見の異なる他者に傾聴できる寛容性、不寛容に対して批判の声を上げることのできる市民性、国民国家やナショナリズムの形成過程に関わる概念的な理解、時事的な問題を歴史的に分析しようとする態度や考え方、資料を多角的・多面的に考察する力。 |
小規模校でも共通テストに挑戦できる授業づくり(仮想案) 歴史総合B項目「近代化と私たち」
2025年7月11日
| 育成したい力 |
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| B項目全体を見通す力、自ら問いをつくる力、資料を読み取る力、文章表現をする力、自分の意見をクラスメイトに伝える力、クラスメイトの意見を聴く力、仲間と協力して一つのものをつくる力、自分が学んだことに揺さぶりをかけてより高度な学びにする力、C項目への学びにつなげる力。 |
「ヨーロッパの時代」がやってくる前の世界は、どのような世界だったのか?
2025年5月15日
| 育成したい力 |
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| 歴史的用語・概念を正しく理解する力。「現在」を相対化する思考力。資料から情報を読み取る力。資料から読み取ったことを言語化し、周囲との共有を通して課題を解決する力。 |
チョウのように書き、レヴィ=ストロースのように推敲せよ!IBDP歴史エセー執筆小ハンドブック
2025年4月11日
| 育成したい力 |
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| 歴史事象を踏まえて、論理的に思考し、それを文章として表現する力。 |
歴史総合におけるジェンダー視点からの問いの一覧(案):A歴史の扉、B近代化と私たち
2025年4月2日
- タグ
- 授業用資料
- キーワード
- 近代市民法のジェンダー・バイアス、参政権とジェンダー、ナショナリズムとジェンダー、工業化とジェンダー、植民地とジェンダー、公私のあり方と近代家族、近代国家の市民権と男性性、軍隊とマスキュリニティ、近代社会の統合と排除
- 資料分類
- 資料
| 育成したい力 |
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| ジェンダーの視点から歴史を分析する力。 |
グローバル化と移民 ~グローバル化が進む世界の中で、女性の解放のためにヒジャブを禁止するフランスはどの程度正しい?
2025年3月27日
| 育成したい力 |
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| グローバル社会における課題を理解し、排外主義を相対化することを通して、多様な思考を受容する力を育成する。 |
なぜ日本には「独立記念日」が存在しないのだろうか?
2025年2月26日
| 育成したい力 |
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| 戦後日本の「独立/平和/成長」という支配的なナラティヴが、実際には本土大衆が軍事リスクを沖縄に転嫁・集積し続けることによって可能になった虚構に過ぎないことを物語り直すことで、何も変わり得ていない事後従犯たる本土大衆としての私たち自身を歴史的現在の中に発見し、在沖縄米軍基地というポストコロニアルな支配の責任を自らに問うような、過去に連累する倫理的思考力。 |
私たちは、暴力・差別・残虐行為などの過去の不正義に 対して責任を引き受けなければならないのだろうか?
2025年2月21日
| 育成したい力 |
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| 戦後日本の「独立/平和/成長」という支配的なナラティヴが、実際には本土大衆が軍事リスクを沖縄に転嫁・集積し続けることによって可能になった虚構に過ぎないことを物語り直すことで、何も変わり得ていない事後従犯たる本土大衆としての私たち自身を歴史的現在の中に発見し、在沖縄米軍基地というポストコロニアルな支配の責任を自らに問うような、過去に連累する倫理的思考力。軍事化された男性性によって性買売・性暴力を合理化してきた男たちのナラティヴを物語り直すことで、女性の声を奪い続けてきた私たち自身を歴史的現在の中に発見し、今もなお構造的な性暴力システムを継承し続ける私たちの社会制度や思考様式に抗する社会的・政治的な参加を私たち自身に促す歴史的エイジェンシーの獲得。 |