• 投稿者:小林克史  産業革命によって、人は「幸せ」になったのか?

    神奈川県の公立高校の小林です。 視覚的に分かりやすく、答えやすく、いろいろなレベルの生徒にそのまま使えそうな教材で、素晴らしいと思いました。 なにより、現代ではどこまで克服できたか、という問いかけがいいと思いました。 歴史的な出来事を自分に引き付けて考えることが、興味関心の上でも、理解を深めるうえでも大切だと思うので、大変参考になりました。
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    2022/11/11 at 9:13 pm
  • 投稿者:佐伯 佳祐  産業革命によって、人は「幸せ」になったのか?

    小林先生
    コメントをありがとうございます。
    少し量が多いかもしれませんが、実際の授業
    では生徒たちは一生懸命に取り組んでくれました。
    現代的諸課題のレポートでも、産業革命の課題といまの社会の諸問題を比較する生徒は多かったです。
    今後ともよろしくお願いいたします。

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    2022/11/11 at 10:32 pm
  • 投稿者:堀井 弘一郎  「国民」とは、どんな人々を指しているだろうか。「国民」を自分なりに定義してみよう!

    フランスにおける「国民」の形成に関心があります

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    2022/11/18 at 7:07 pm
  • 投稿者:内藤 裕子  社会科・地理歴史科教育法レジュメ

    大阪大学でお世話になった内藤です。現在、愛知大学で非常勤を務めておりますので先生の講義を参考にさせていただきます。今後ともご活躍ください。

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    2023/01/07 at 4:38 pm
  • 投稿者:木村航  【大衆化と私たち】単元3:民主主義って良いもの?〜「デモクラシー」の形はみんな同じ?〜

    国会前の日独米の違いについては、何を参考にされましたか?私は、日独の国会前の様子の違いが現地で見てとても印象的だった経験があり、もし専門家の方がこれについて分析しているようでしたら、ご教示ください。

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    2023/01/08 at 8:33 pm
  • 投稿者:樋口耕介  ル・ボン著『群集心理』を読む

    授業の参考にさせていただきました。

    ただ、4PのB項目が一部見切れているように思います。

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    2023/02/01 at 11:32 am
  • 投稿者:木村 芳幸  ル・ボン著『群集心理』を読む

    樋口さま、一部分見切れていますね。時間でき次第訂正させていただきます。
    ご指摘いただき、有り難うございます。

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    2023/02/01 at 10:15 pm
  • 投稿者:野々山 新  工業化の進展は私たちの生活を豊かにしたんじゃなかったの?

    ご質問ありがとうございます、同じく愛知県の野々山です。近いところに仲間がいるのだなと、嬉しく思います!
    パフォーマンス課題の実務上の課題については、確かに悩ましいところですよね。欠席に対する私の方針は、出席時に改めて課題を渡して期日を示しながら随時提出という形です。きっと公平性で疑問を持たれる方がいるのだろうと思うのですが、通常に実施した際も終わらなかったら持ち帰って良いという運用にしているので大きな支障はありません。パフォーマンス課題の内容自体が知識の再生産ではなく、単元を総括しながら資史料を用いて価値判断を行う思考プロセスを求めていますので、自宅で調べてもらっても構わないし、むしろその調べるという行動そのものにも主体的に学習に取り組む態度が表出される状況である、と校内で説明しています。ちなみに、全員ではないですが時間をかけた生徒の方が評価が上がる傾向にあります。理想としては全員が持ち帰って時間をかけて全員観点がA評価になる成果物が出てくれると嬉しいなと思っています。絶対評価ですし、教師としては全員の成長を目指したいものです。実態は部活動や他科目との兼ね合いもあるのでそううまくいきませんが・・・。
    外国籍の生徒さんについては、学校特有の事情がありそうですね。地域的特性や、定時制ということでしょうか。こちら、ぜひ他の先生にも対応方法の事例を伺いたいところです。本校では個人単位を前提とすると、レポートを課す際には文章表現力に応じてやはり差が出てしまいますし、プレゼンテーションを交えるといわゆるコミュニケーション能力で差が出てしまいます。ただ、グループ単位でパフォーマンス課題に取り組ませることが多いので、そうした特性を相互に補い合いながら作成してくれているのではないかと期待しています。・・・これを、日本語の運用が難しい外国籍の生徒に転用できるのか疑問ですよね。。。この点、同様の課題を抱える学校の先生方からもご意見いただけると私も勉強になって嬉しいです。

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    2023/02/20 at 4:08 pm
  • 投稿者:清川 洋  原爆資料館のあり方を問う

    学ばせていただきます。

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    2023/02/21 at 8:20 am
  • 投稿者:清川 洋  第二次世界大戦は、なぜ複合的な戦争と言われるのか?

    学ばせていただきます。

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    2023/02/21 at 8:25 am
  • 投稿者:清川 洋  ファシズムと共産主義の同時期の台頭には、 どんな背景と影響があったのか?

    ありがとうございます。参考にさせていただきます。また、共産主義は、まさにファシズムだと思えました。

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    2023/02/21 at 10:30 am
  • 投稿者:三谷 博  あなたのおクニはどこですか(市民革命と国民国家、明治維新、富国強兵)

    小林先生 明治維新についての教材、拝見しました。私はこの時代の専門家で、その考えは『維新史再考』(NHK出版)に集約しています。その観点から、いくつかコメントさせていただきます。力作と拝見しますが、やや違和感があるので、お目にかけます。無礼の段はご海容を
    Work1 ですが、“「帝国」と「国民国家」どっちがいい?”という設問には当惑しました。①「国民国家」はいまかなり共有された理解がありますが、「帝国」はそうでない。「帝国主義」は他地域を征服し、支配することという理解が共有されていますが、ここの「帝国」は今のロシアのように領土拡張を追求する国なのか、拡張が終った後、その領土を保守する存在なのか、いずれでしょうか。オスマンの場合、時間をへて後者に変っていったようですが、ロシアはいま突然、前者に戻ったように見えます。②生徒たちの住む国、日本は元来、「帝国」ではありませんでした。では、日清戦争後に「帝国」になる以前、どんな国だったのでしょうか。生徒たちからみると、そちらの方が気になるはずです。近世ヨーロッパと同じく「複合国家」、住民が地元の領域とより広い国と、二重のアイデンティティを持つ国だったはずです。③その日本が「帝国」化したあとの姿は、戦後生れの我々にはなかなか想像しにくいものなので、他の例と比較しながら説明する必要があるでしょう。④「多民族が共存する」のを「帝国」とすると、中国・インド・USAがすぐ思い浮びます。すると、その存立が難しいとか、抑圧的統治につながりやすいとは、かならずしも言えないのではないでしょうか。⑤この国家形態の差異を民主主義の有無やその機能と結びつけるのは、やはり難しいのではないでしょうか。
    Work2ですが、ここの理解は私とかなり違います。王政復古は薩長が徳川と闘うために行ったことではありません。拙著に書いたように、王政復古の時点では新体制を戦争なしに実現しようと志したものの、やむなく鳥羽伏見を戦うこととなったのです。東北戦争も同様で、長州の木戸は王政復古後にすぐ版籍奉還をしておれば戦争なしに済んだはずだと書いています(藩の統治権をすべて無くすので、藩単位の戦争はありえなくなる)。維新での死者は約3.2万人でした。これは支配身分の武士を全廃した急進的革命としては信じがたいほどの少なさです。人口が日本の80%だったフランス革命の死者は約155万人でした。維新は戦争の限定性、少なさが特徴なので、もっと別の説明が必要と考えます。
    Work3については、教科書自体に疑問を持ちます。明治初期は「文明開化」の方が大事でした。元来、「富国強兵」は中国から引継いだ普通名詞で、「立派な統治」を表現するために、幕末にもよく使われています。また、明治初期に追求されたのは「富国」で、「強兵」に重きが置かれるようになったのは、明治20年前後のことです(経済建設が優先。ただし、それがうまくゆき始めると軍拡に傾注し、それを中国相手に使った。今の中国が辿っている経路と似ています)。

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    2023/03/07 at 8:57 am
    • 投稿者:小林克史  あなたのおクニはどこですか(市民革命と国民国家、明治維新、富国強兵)

      三谷先生、コメントありがとうございます。まず隗より始めよの気持ちで史資料にあたらずに記憶で作った教材だったので恐縮ですが、力作と言っていただけたのは、大変ありがたいです。30年ちかく前の大学での専攻は東洋史のイスラーム史でした。日本史は講談社の『日本の歴史』(2000年ごろ)シリーズをつまみ食い程度で、あとは新聞の書評で仕入れた知識が多いです。

      さて、Work1について、①「帝国」についての定義をしておらず、当惑されたとのこと。30年前にオスマン帝国を学ぶ前の私のイメージは『スターウォーズ』のごとく、「帝国=悪=専制=古い」、「国民国家=善=民主主義=近代」、というものだったので、おそらく国民国家がいいものだと考えているであろう生徒たちに、違う視点を持ってもらいたくてこの設問を作りました。ご指摘の通り、「帝国」にもいろいろあるので、生徒の回答に応じて、教師側のコメントも変わります。授業では「帝国」がいいとか、「国民国家」が悪いではなく、それぞれに特徴、長所短所があるという話に持っていきます。生徒がそれぞれのいいところをあげれば、「そうだよね。よく知ってるね。」。短所をあげれば「なるほど、確かに。少数派を顧みない体制は、帝国であれ国民国家であれ、ダメだよね。」などとコメントしました。
      ②について、大日本帝国は想定していませんでしたが、アイデンティティについてクニから国へ移行しただけでなく、二重であったと言われれば、その通りですので、ご指摘ありがとうございました。30年前のアラブ世界の研究では「アイデンティティ複合」などと言っていたような気がします。高校・大学生の頃はそんなことがあるんだとはじめて知りました。
      ③については「日本が「帝国」化したあとの姿」のことは全く想定していませんでした。
      ④について、中国・インド・USAを想定したわけではなく、単に現代でかつての歴史上にあったような「帝国」ができたら、抑圧的統治につながりやすいだろうな、と考えた次第です。個人的な感覚ではソ連や現在の中国も強権的な帝国の一形態かと思っています。
      ⑤について、”この国家形態の差異を民主主義の有無やその機能と結びつけるのは、やはり難しいのではないでしょうか。”とのこと。申し訳ありません。そこまで深く考えていませんした。「歴史が発展して国民国家が生まれてきた」というような「発展段階説」「進歩史観」のようなものに対して、疑いの目を持ってくれればという程度の設問でした。
      Work2についてのご指摘は、本当にためになりました。ありがとうございました。王政復古については、よく分からないので助かりました。自分の記憶がどこから来たものかも思い出せません。明治維新については、「あまり血も流れず、短期間で新しい国ができた」と単純に考えていた高校生の頃を振り返って、「いやいや、明治維新は内戦だろう」という主張をどこかで読み、そのイメージでプリントの解説を書きました。たしかにフランス革命などと比べれば、内戦、そして武士という支配身分の全廃という急進的な改革が、これだけ少ない死者数で済んだことは、特筆すべきことでした。ただ、武士の身分については、『武士の家計簿』で江戸時代末期は身分を維持する費用が高く、それから解放されたので前向きに受け入れたのではないか、という主張(実証的ではないですが)に共感しました。また、新聞の書評にあった本で題名を忘れましたが、秀吉以来の「石高制」が武士をサラリーマン化させ、それがひいては明治維新の際の平和的な武士身分の廃止につながり、フランス革命前の領地と結びついた封建領主とは大きく異なるのではないか、という説も(これまた実証的ではありませんが)なるほどと思い、生徒に話しています。
      Work3については、恥ずかしながら知りませんでした。ご教授ありがとうございました。このネタは来年度使わせていただきます。
      ありがとうございました。

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      2023/03/08 at 11:02 pm
  • 投稿者:三谷 博  お国を開いただけなのに(日本開国期の国際情勢、日本の開国、開国後の日本社会)

    Work2 で、修好通商条約に不平等性が少なかったという解釈は妥当と思います。拙著『ペリー来航』(吉川弘文館)の終りあたりで説明しています。
    Work3 で幕府の威信低下を考えさせようとなさっています。これも至当と考えます。
    威信低下の理由としては、「いくら良いことでも、人から強制されるのは面白くない。屈辱と感じるとあとあとまでモヤモヤが残る」もあるでしょう。何しろ支配身分は戦争を諸公卿とする人たちだったのですから。
    もう一つは、安政5年に、条約問題が将軍継嗣問題と絡んでしまったことです。当時は後者の方が大きな問題で、大老が一橋派を暴力的に排除したために政権の正当性が傷つき、そのからみで条約まで否定的に見られるようになりました(当時の大名は多数が条約を支持していたのに)。

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    2023/03/07 at 9:12 am
    • 投稿者:三谷 博  お国を開いただけなのに(日本開国期の国際情勢、日本の開国、開国後の日本社会)

      済みません、上の二段落最後はm、職業です。

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      2023/03/07 at 9:16 am
      • 投稿者:小林克史  お国を開いただけなのに(日本開国期の国際情勢、日本の開国、開国後の日本社会)

        三谷先生、ありがとうございます。
        このプリントは若手の地理や公民専門の先生たちに共通プリントを作ろうと誘われ、共同で作成したのですが、私がねじ込んだ部分にコメントいただけてうれしかったです。
        ちなみに、共通プリントの共同作成はすぐに頓挫しました。動画やスライドショーを他の先生から提供してもらいましたが、あんまりなyoutubeや、プリント内容を誤解したまま授業前ギリギリに勝手に作成されるスライドへの応対で疲れました。生徒には「分かりやすくていい」という意見がありましたが、あまりに単純化した図解は間違いを含み、それを訂正しながら授業してました。そのためスライドはアップしていません。

        Work2は、毎日新聞の書評をもとに作成したのですが、妥当とのこと、よかったです。
        Work3について、利益だけでなく「感情」が人々を動かす大きな要素であると、最近つくづく感じているところだったので、大変参考になりました。来年度はぜひ加えます。条約問題が将軍継嗣問題と絡んだことについて、今まで本で読んでもいまいちピンとこなかったところですが、簡潔かつ分かりやすい説明でなるほどと納得できました。

        ありがとうございました。

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        2023/03/08 at 11:40 pm
  • 投稿者:三谷 博  「鎖国」から開国へ(18世紀のアジアとヨーロッパ、産業革命、アヘン戦争と日本)

    「鎖国」から開国へのWork3について。回答例のなかに、「貿易統制「鎖国」を緩くする」とあるのですが、「他の西洋諸国とも貿易すれば、戦争が避けられる」と具体的に書いた方が分りやすいでしょう。それまで続いた対日貿易の独占を破るので直接にはオランダにとって不利だったので、親切な忠告だったと言えます(日本の安全が保てれば、貿易を続けられるというメリットもありますが)。なお、鎖国にわざわざ「」をつけるのはなぜでしょうか。以前の学界では「江戸時代は鎖国でなかった」との理解が流行りましたが、私は大局的には間違いと思います。国境を出入りするものを、人とモノと情報とに分けると、江戸時代はモノと情報は制限付ながら通過していましたが、人の出入り制限は厳しく、とくに日本人は列島から出ることを禁じられていました。漂流民はともかく、自分の意志で出国し、帰ってきた人はいなかったのです。この点は、同時代の世界では珍しいことでした(朝鮮は朝貢使節が清に定期往復)。これに似た体制は少し前までのアルバニアやミャンマーくらいにしか見られなかったはずです。日本史の中でも、戦国や明治以降と比べてみると、江戸時代は明らかに閉鎖的です。歴史総合ではつねに世界と比較して考えるが重要と思います。

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    2023/03/07 at 10:46 am
    • 投稿者:小林克史  「鎖国」から開国へ(18世紀のアジアとヨーロッパ、産業革命、アヘン戦争と日本)

      三谷先生、ありがとうございます。
      回答例の分かりやすい例示、ありがとうございます。
      私の「鎖国」へのこだわりがあふれました。

      「鎖国」については、30年前に高校時代までに習った「交流を閉じた」鎖国イメージに対して、大学時代に習った「貿易統制」の視点にびっくりした経験から「鎖国」としています。教科書や副教材の流行に乗る前から「貿易統制」で説明していました。人の出入り制限の厳しさは、確かに特筆すべきものなので、言われてみれば鎖国でいいのかと。でも、モノや情報の出入りもなかったイメージが30年前にはあったので、それに対するならば「鎖国」か。現在はもはや完全に閉じたイメージがないから鎖国でいいのか。などと考えてしまいます。アルバニアやミャンマーの鎖国のころ、人だけでなく情報やモノも制限されたので、そのイメージが逆に一般的な江戸時代の鎖国理解(誤解)につながったのではないかとも思えるのですが。

      大学2年のときの田代和生先生の「日本史概論」で、鎖国の初期は貿易統制の目的が強かったという説明(だったと思います。間違っていたら田代先生ごめんなさい。)、それに感銘を受けたのがきっかけです。宗氏の文書からの日韓交流の話も面白かったです。
      世界との比較で考えると、明・清の海禁と同列に語られるのではないかと、数年前にどの教科書か忘れましたが、ありました。どうなのでしょう。

      たくさんのご指摘、本当にありがとうございました。
      楽しかったです。

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      2023/03/09 at 12:30 am
  • 投稿者:三谷 博  アジアは「遅れていた」といえるのか?

    三谷 博(19世紀史)です。ここで気になるのは、「では、19世紀ではどうなったのか」、「そもそも「進んでいる」「遅れている」というのは、何が基準なのか、一列上下に位置づけるのは意味があるのか」という点です。
    アジアへのマイナス・イメージを払拭する。大事な課題と思います。ただ、18世紀までの一部社会をとりあげ、それを「進んでいる」と持上げることには違和感があります。
    学習指導要領は最初の柱に「近代化」を設けていますが、私はそこにも違和感も持っています。。「近代化」を「市民革命」から始めること、西ヨーロッパを基準に設定していることです。この語の下位には、工業化・国民国家化・科学技術の発展・民主化といった趨勢が含まれるはずですが、これらは常に同居するわけではありません。とくに、現代世界の半分以上は民主化を拒否しています。それら、代表的には中国やロシアを、民主化していないがゆえに「近代化」していない、「遅れている」と判定できるでしょうか。それらは日本や欧米とは異なるし、私は民主化した方が良いと思いますが、差異を問うのでなく、時間軸上の先進・後進に位置づけるのは無理があるように思います。「経済面はともかく、政治面ではどうしてこんな違いが生じてきたのか」。そう問う方が有効ではないでしょうか。
    18世紀までの非西洋世界の一部に優れた文明があったのは確かですが、それが持続したとして、現代人がそこに住みたいと思うようなことがあるでしょうか。19世紀以後に生れた欧米主導世界への反感を語る。そこにどんな意味があるのでしょうか。「虐げられたアジア人よ、ずっと前の歴史を振返り、自信を取戻せ」。こうした訴えに共感するアジア人は、いまどれほどいるでしょうか。今はそんな時代ではないように思います。
    議論がずれているかも知れませんが、ご海容を
    参考書 ハンス・ロスリング『ファクトフルネス』日経BP社
    三谷 博「19世紀グローバル化への対応-日本・中国・朝鮮」、『日本史からの問い』白水社。

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    2023/03/07 at 11:32 am
    • 投稿者:小林克史  アジアは「遅れていた」といえるのか?

      30年前にイスラーム史を専攻した小林です。
      30年前はイスラームやオリエンタリズムに対する誤解や偏見と戦うのに精いっぱいだったので、イスラーム史の先生方が教科書執筆したりして、プラスイメージを強調し、だいぶ変わってきたと思います。
      もう、そろそろ三谷先生の言うように、どうしてそのような差異が生まれてきたのかを問いかけてもいいのかもしれません。ただ、生徒と会話して誤解や偏見、差別の根深さ、ネットによるそれの拡大再生産を感じます。

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      2023/03/09 at 12:44 am
  • 投稿者:清川 洋  日中戦争は、なぜ終わりの見えない戦争になったのか?

    よくできた授業案ですね。コミンテルンや中国共産党の策動を言及しないと理解できないところがあると思います。高校生には少し難しいかもしれませんが。

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    2023/03/15 at 10:09 am
    • 投稿者:佐伯 佳祐  日中戦争は、なぜ終わりの見えない戦争になったのか?

      清川先生

      コメントをありがとうございます。
      歴史総合において事実関係をどの程度精選して教えるかが難しいところだと感じております。なお、この次の授業「なぜ、第二次世界大戦は複合的な戦争と呼ばれるのか?」では、コミンテルンと声明と中国共産党の宣言を併置して考察させる課題も入れております。

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      2023/03/15 at 12:16 pm
  • 投稿者:貴子 神﨑  メソポタミア文明・エジプト文明

    高校卒業以来何年もたって世界史を勉強します。楽しみに拝見します。

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    2023/03/15 at 3:21 pm
  • 投稿者:貴子 神﨑  カレーから見る日本と世界の歴史

    カレーの広まり方について複数の問いがあり、この授業をやってみたいと思いました。とくにハウス食品の資料に心惹かれました。

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    2023/03/15 at 3:37 pm
  • 投稿者:小林克史  大項目C「諸地域の交流・再編」の視点から構成した小単元「西アジア社会の動向とイスラームの伝播」

    神奈川県立厚木清南高等学校の小林です。
    大学時代の専攻がイスラーム史だったので、よく勉強されていて、よく練られていると感心しました。授業でここまで詳しくやろうと考えたことはなかったです。
    様々なイスラームへの偏見に対して、考えさせるものとなっていると思います。佐伯先生の思いがあふれている記述に感じ入りました。

    わずかに気になった点は、スーフィーとウラマーの関係ですが、知的なスーフィーもいたとしていますが、スーフィー的な取り組みをしたウラマーもいたようです。湯川武先生の本文からも、そう読み取れます。京都大学イスラーム地域研究センター(KIAS) (kyoto-u.ac.jp)

    「EQ 私たちは、「原理主義」的過激派の暴力や抑圧に抗議・反論しうるか?」という問いや「→一方で、「イスラーム原理主義」が台頭する様々要因にも問題があり、それらは「近代化」以降の世界によって形成されています。私たちは彼らを批判するだけに終わってはいけません。」という表現は、生徒に伝わりやすいとは思うのですが、私としてはそれよりも「なぜ暴力的な手段に出るのか?」「どうすればこんなことにならなかったのか?」「仲良くするために私たちは何をするべきか?」という問いが好ましいです。

    過激派は分けて考えるべきだということも、私も授業でさんざん言っていましたが、現在私の勤務校で生徒にムスリムがいる状況で、どのような配慮をしながら授業をするのか、悩みながら授業をしています。過激派が生まれる原因、他宗教の過激派や原理主義との比較、穏健なイスラーム主義、そもそも政治的経済的状況からおこる紛争を安易に宗教と結びつけた解説をしてよいのか、などなど。かといって、限られた授業時間(と生徒の能力)のなかで何に重点を置くのか、何を一番伝えたいのか、ブラッシュアップしなければ、伝わらない、あるいは生徒が情報の海に溺れるのではないかと思っています。

    まあ、佐伯先生の熱意は生徒に伝わるので、それで十分、それが一番かもしれません。

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    2023/03/17 at 9:45 pm
    • 投稿者:佐伯 佳祐  大項目C「諸地域の交流・再編」の視点から構成した小単元「西アジア社会の動向とイスラームの伝播」

      小林先生

      返信が大変遅くなりまして申し訳ありません。
      コメントをいただき大変光栄です。ありがとうございます。
      私もいつも先生の教材から勉強させていただいております。

      さて、ウラマーの方もスーフィー的な取組をしていたという点は興味深く読ませていただきました。と言いますのも、私はこの資料を通じて「スーフィーは邪道ではない」ということよりも、「信仰心に正道・邪道はない」というようなことを伝えたかったので、その点においては先生にご教示いただいたウラマーの側がスーフィズムにも肯定的な意味を見出していたことを発見させる学習の方が適切だったかと思いました。

      次に、EQについてです。
      3月21日の日大シンポでもご報告させていただいたのですが、イスラーム過激派について、「なぜ暴力的な手段にでるのか」「どうすればこんなことにならなかったのか?」といった問いは、近現代のナショナリストや国民国家、資本主義や格差の問題を扱わなければ答えることが困難な問いになるかと思います。それらは非常に重要な問いでありつつも、実際に現代の授業で扱うと、「〇〇という背景があったから過激派が生まれた」という分析的な視点になりがちであり、ともすると、「〇〇な状況だったから過激派が生まれるのも仕方ない」といった結論に陥りがちであった点が悩みでした。近現代を通じた分析的な視点をもった問いは近現代でもう一度問べきだと考えています。今回は、大項目Cの「交流・再編」の視点から構成した単元なので、イスラームが柔軟に寛容に変化しながら繁栄してきた千年以上の歴史を知ることが、それを切り捨てようとする「原理主義」的過激派への反論になりうる(ムスリムではなくとも反論しうる)ことに焦点をあてて伝えられたらとの思いでこのEQとしております。多くの学校で2年間かけて学習する世界史探究だからこそ、古代中世を学ぶ意義の視点と現代の課題の形成過程という視点を往還するようなカリキュラムにできたらと思います。

      貴重なご意見をありがとうございました。

      佐伯佳祐

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      2023/04/04 at 6:42 pm
      • 投稿者:小林克史  大項目C「諸地域の交流・再編」の視点から構成した小単元「西アジア社会の動向とイスラームの伝播」

        佐伯先生
        非常に丁寧なお返事に恐縮してしまいます。EQについて、違和感を感じたので、思うままに書いてしまい、1年間での全体の流れなどを考えない発言だったと思います。すみませんでした。書いた後で2、3日経ってから違和感は何だったのだろうと考えたところ、私が設問から感じたのは、「私たちは正しい、多くの穏健なイスラーム教徒も正しい」という「前提」があったところだと気づきました。生徒たちに自分たちの価値観が、(私の価値観も含めて)絶対ではないと気づいてもらうことが、おそらく私が授業をしていくうえで大切にしていたことだったのだと、改めて気づかせてもらいました。ロシアの侵攻も、イスラーム過激派もとんでもない、ふざけるな、と私も思っていますが、自分たちの前提を疑う、あるいは客観視する作業は、忘れてはいけないと考えています。おそらく、佐伯先生も授業ではそのような態度で生徒たちに臨まれていたと思います。それにもかかわらず、わざわざ言葉尻をとらえたことは、申し訳なかったと思っております。
        >実際に現代の授業で扱うと、「〇〇という背景があったから過激派が生まれた」という分析的な視点になりがちであり、ともすると、「〇〇な状況だったから過激派が生まれるのも仕方ない」といった結論に陥りがちであった点が悩みでした。
        この文章には、生徒とともに深く取り組まれていることが分かりました。「あいつらおかしい」という生徒の回答から、一歩でも進めばいいという私の授業より、はるかに先を行かれているなと。大学時代、近現代レバノンを卒論で扱ったのですが、「レバノン内戦」に関してジャーナリスティックな書物や、社会学・政治学的なアプローチの本や論文の多くは、「多宗派が混在していたから、内戦がおこった」と分析的?なことをいかにもな感じで書いていました。生徒と同じです。しかし、多宗派が混在していても共存していた時代があったことを考えるならば(実際にあった)、なぜ共存できたのか、なぜそれが破綻したのか、を考えないことは、いかにも「他人事」であり、当人たちの努力や当時の共存を保つ社会システムを無視した「上から目線」を感じずにはいられませんでした。それに物申したかったことが、今でも続いています。
        生徒が自力でなにかにたどり着けるように試行錯誤される佐伯先生の態度は尊敬すべきものです。そこまでいけない私の実践としては、ありきたりな回答を生徒にさせたうえで、違う視点を提示するという手法をとることがあります。ちなみに、それを以前研修先の模擬授業で社会科の先生方にしたところ、ものすごく嫌がられました。さんざん教科書を読み取らせ、考えさせた挙句、「答えはありません。よく分かっていません。実は分かってないから教科書もぼかしていて書いていないんですよ。」としたところ、「気持ち悪かった」「ちっとも面白いと思えない」「生徒に通じない」という評価をいただきました。生徒たちと人間関係を作ればいけると思うのですけどね。

        自分語りが多いですね。またもや失礼しました。このコメントを通して勉強させていただきました。ありがとうございました。

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        2023/04/05 at 10:00 pm
        • 投稿者:佐伯 佳祐  大項目C「諸地域の交流・再編」の視点から構成した小単元「西アジア社会の動向とイスラームの伝播」

          小林先生

          ご丁寧な返信をありがとうございます。
          「言葉尻をとらえられた」などとは全く思っておりません。単元の内容と本質的な問いを実際上どのように結びつけていくのかというのは、非常に重要な観点であり、私の教材だけではその説明になっていないので、先生のご質問は大変ありがたいものでした。

          先生のご指摘されるように、多くの専門的な書物や論文は、事象の原因や背景を詳細に説明しているものの、「私たち」がそのような問題や地球社会にどのように向き合っていくべきかという視点ではあまりヒントが得られないものが多いのではないかと思っていました。今回は、あえて近現代の詳細の経緯を学ぶ前に、「イスラームはどのように在ったか」を根拠に原理主義的言説と対話できるかを問うものです。
          「他人事」や「上から目線」を乗り越えるにはどうしたらよいかを考えての今回のご提案ですが、実際にこれでうまくいくのかどうかはやってみないとわかりません。ぜひ今後ともご意見アドバイスを頂戴しながらよりよい実践を目指していきたいと思います。よろしくお願いいたします。

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          2023/04/10 at 12:59 pm