「正義のための暴力」は存在(肯定)し得るだろうか?

教材のねらい

広島市立舟入高等学校の佐伯佳祐先生からの提供です。

佐伯先生からのメッセージ

遅塚忠躬『フランス革命:歴史における劇薬』(岩波ジュニア新書)に大きく影響を受けた問いの設定と実践になります。

「市民革命は現代社会の基礎となる普遍的な理念を打ち立てた」という歴史上の大きな意義や評価を前提にし、単元の問い(EQ)を通じて生徒たちにふたつの方向性で考えてもらうことをねらいとしています。まずひとつは、普遍的理念を打ち立てるための「暴力」が、それ以外の様々な要素を孕みながら犠牲をうみだしてきたことやその欺瞞性を暴いていく方向性です。もう一方で、不条理に抑圧された人々が、それ以外にとる方法が(恐らく)なかった状況のなかで「実力行使」に訴えていったことを、私たちが断罪できるだろうかという方向性です。

アメリカ独立では、独立宣言で打ち立てられたものを理解し、"All men are created equal."という文言の普遍性と矛盾を考えていきます。課題に取り組むことで、"All"に覆い隠されてしまった先住民や黒人の存在に目を向けます。その後、いくつかの映像資料を視聴し、彼らの人権ための闘いはBLM等の形で現在まで続いていることを学びます。

フランス革命では、「革命」の名の下に行われた権力による暴力や、暴徒化した大衆としての民衆の姿を史資料を通じて学びます。その一方で、封建的な搾取や抑圧といった構造に目を向けさせ、実力行使に出ざるを得なかった人々の状況や葛藤を理解させます。

当初、私はこの問いに持たせた方向性と「暴力」という表現自体の持つニュアンスの齟齬を感じつつ、不安なまま単元をスタートさせてしまいました。そのようななか、SNS上で横浜国際高校の徳原拓哉先生から、私たちが何かを「暴力」を名指すこと、それ自体の政治性を問いかけるべきではないかというご指摘をいただきました。私が生徒に考えさせたかったふたつの方向性のうちの後者については、まさにこのご指摘のように問うことこそが必要であると感じ、単元の途中でフランス革命の問いを変更した経緯があります。そうした経緯もあり、伝えたいことが本当に伝わっているか不安な実践となりましたが、生徒が提出した探究課題を評価すると、歴史の当事者の視点に立とうとする意識をもって真剣に取り組んでくれた生徒が多くいました。

以下は、生徒の探究の問いの例になります。

・アメリカ独立戦争に、黒人やインディアンは「参加」したか?
・ルイ16世の処刑は近代的な正義と暴力のどのような関係を示しているのか?
・ロベスピエールは再評価されるべきだろうか?
・バスティーユの襲撃をどのように評価できるのか?
・「大恐怖」で暴徒化した民衆の根本にあったものは何か?
・フランス革命は第三身分の「正当防衛」といえるか?
・エタンプ事件を再考する〜生死をかけた問題において暴力は必要だったか?
・フランス革命を「正義」とすることで見えなくしているものは何か?
・スペイン戦争における「正義」とは何か?
・フランス六月暴動において、労働者は何を求めたのか?
・クリオーリョであったボリバルの葛藤とは何か?
・ハイチは本当に「独立」できたのか?
・ハイチ革命後の暴力はテロといえるのか?
・南北戦争において北部が「正」南部が「悪」は合っているのか?
・ジョンブラウンを称賛したのはどのような人たちか?
・ビスマルクの鉄血政策は本当に評価されるべきか?
・「正義」に求められる普遍性とは〜ドイツ統一のための暴力性について〜
・インド大反乱は誰による反乱だったのか?
・シパーヒーらの暴力は必然だったのだろうか。彼らがガンディーに与えたものはなんだったのだろう?
・インド独立運動における暴力と非暴力のジレンマとは?
・「非暴力」でインド独立は可能だったのか?
・三・一独立運動に「暴力」は必要だったか?
・女性はいかにして参政権を手に入れたのか?-サフラジェットの運動を評価する-
・歴史における「英雄」は「暴力」を「正義」に変える才能をもっていたのか?
・反ナチス運動は「正義のための暴力」か?-クライザウサークルを事例に-
・ワルシャワゲットー蜂起における「暴力」は肯定しうるか?
・暴力以外でアパルトヘイトを廃止する方法はあったのか?
・白人はアパルトヘイト廃止への運動をどのように捉えていたか?
・戦争抑止のための核兵器の存在は「暴力」か。それは肯定しうるか?
・アメリカ人は原爆を肯定的に評価するだろうか。また評価するならばどのような側面に配慮してしなければならないだろうか?
・どこからが正義で、どこからがそうではないのか?(インティファーダに関して)

参考文献・資料

  • NPO法人神奈川歴史教育研究会編『歴史総合をどう考えるか 歴史的な見方・考え方を育てる視点』(山川出版社,2024年)
  • 歴史学研究会編『世界史史料6』(岩波書店)
  • 遅塚忠躬『フランス革命:歴史における劇薬』 (岩波ジュニア新書,1997)
  • 遅塚忠躬『ロベスピエールとドリヴィエ フランス革命の世界史的位置』(東京大学出版,1986年)
  • 高村忠成『ナポレオン入門 Ⅰ世の栄光とⅢ世の挑戦』(第三文明社,2008)
  • 谷川稔『世界史リブレット35国民国家とナショナリズム』(山川出版社,1999)
  • 五十嵐武士・福井憲彦『世界の歴史21 アメリカとフランスの革命』(中央公論社,1998)
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