なぜキリスト教は「世界宗教」になれたのか—何かを信じること、信仰するってどういうことだろう?歴史を通して探究しよう—

教材のねらい

京華高等学校の山田道行先生からの提供です。

山田先生からのメッセージ

単元を貫く問い:古代・中世の人々はキリスト教に何を求めたのか。どんな理由(必然性)をもってキリスト教に救いを求めたのだろうか?

 本教材は、世界史探究の大項目Bにおける古代ローマ~中世ヨーロッパ前半(カールの戴冠まで)の範囲を、「キリスト教」というテーマで精選し、5~6時間分の単元とした授業ワークシートである。授業者は、単元名の副題にある、「何かを信じること、信仰するってどういうことだろう?」と生徒に問いかけながら、キリスト教が世界宗教になり得た理由を生徒と共に探究する。生徒は、ワークシートにそって「個人ワーク⇒ペア(グループ)ワーク⇒個人ワーク」をくり返し、各時間のMQに解答し、問いを深めていく。なるべく多様な視点から議論が進むように、多くの史資料を引用したが、読解が苦手な生徒が多い場合には、「重要だと思う箇所にマーカーで線を引こう」などの作業課題を増やすことも可能である。単元全体の導入部分で「なぜ科学技術や合理主義が発達した現代でも、受験生は御守を買うの?」という問いを提示したのは、宗教を「異質なもの」と捉えるのではなく、「私たちに通底する共通要素」を探しながら、「異なる時代・異なる世界・異なる文化」に「主体的に関わる姿勢」を身に付けて欲しいからである。

 以下、教材の精選原理とねらいを列挙する。

1.歴史総合との「接続」と「異化」・・・歴史総合では「私たち」という視点が強調され、学習者にとっての「近代化」「大衆化」「グローバル化」の意味を問い直すことが大きなテーマであった。では、「近代化以前」の世界と「私たち」の繋がりをどう考えるべきであろうか。「近代化以降」の時代の史資料は、相対的に「読みやすい(理解しやすい=私たちに親和性がある)」ものが多かったはずである。対して、古代・中世はどちらかというと「とっつきづらい(親和性に欠ける)世界」であろう。近代化された「私たち」にとっては、それは明らかな「異世界」であり「他者」として捉えられてしまう。そこで、このような近代化以前の「諸地域」に近づくアプローチとして、「史資料と向き合い、粘り強く理解する(そのために話し合いを重ねる)」ことを強調したい。さらにその行為は、単なる「古典の読解」ではなく、「当時の世界の人々にとっての必然性とは何か」を問い続けることによって、少しずつ理解を深められるようなものではないだろうか。また、「宗教」を精選原理の観点としたわけだが、これは「その当時の人々にとって、宗教がどのように大切な存在であり、宗教を価値基準としながら、どのような必然性をもって生きていたのか」という問いを生徒たちに持ってほしかったからである。このような姿勢をもって史資料と格闘することを通して、歴史総合からの「異化」が可能となり、さらに次の大項目であるC・Dを通して、改めて「近代化」へとつながる歴史総合への「再接続」もはかれると考えるのである。

2.キリスト教にまつわる様々な政治的動向、社会の変質などを通して、ローマ帝国~中世前期をダイナミックに理解する・・・古代地中海世界には多種多様な多神教文化が存在していたが、それらを凌駕する形で(一部では包摂しながら)キリスト教という一神教が信者を拡大させていった。彼らは当初ローマ帝国内では異質な存在として迫害を受けるが、4世紀になるとコンスタンティヌスによる「公認」、そしてテオドシウスによる「国教化」に至る。このような急激な変化(急速な信者数の拡大)も、世界史Bでは歴史的事実の網羅的学習によって、一部の生徒のみが「物知り」として理解していたはずである。新しい科目である「世界史探究」では、キリスト教がなぜ世界宗教になるほどに人々の心をとらえたのか、あるいはそれ以上に為政者にとっての必然性は何だったのか、さらにはキリスト教会がもっていた潜在的な訴求力とは何なのかなど、史資料を通してさまざまな「問い」と格闘したい。学習者が「物知り」になることはかなわないかもしれないが、それ以上に価値のある体験としての世界史学習の地平を開拓できるのではないか。

参考文献・資料

  • <1時間目>
    ・史料➀:クセノポン(松平千秋訳)『アナバシス』岩波文庫、1993年、pp123-124.
    ・史料②:「善きサマリア人のたとえ」日本聖書協会『新共同訳聖書』より「ルカによる福音書10:25-37」、pp.125-127.
  • <2時間目>
    【♠グループ】
    ・史料①:「ローマの大火」タキトゥス(国原吉之助訳)『年代記(下)』岩波文庫、1981、p.264.
    ・史料②:「小プリニウスとトラヤヌスの書簡」歴史学研究会編『世界史史料1』岩波書店、2012年、p.291.
    ・史料③:「エウセビオスが記録した大迫害」歴史学研究会編『世界史史料1』岩波書店、2012年、p.304.
    ・資料A:「大迫害の様子」A.H.Mジョーンズ(戸田聡訳)『ヨーロッパの改宗―コンスタンティヌス大帝の生涯―』教文館、2008年、pp.55-56.
    【♦グループ】
    ・資料A:「キリスト教徒の広がり」帝国書院『詳説世界史探究』p.79.
    ・資料B:「キリスト教徒の広がりの推計の研究」ロドニー・スターク(穐田信子訳)『キリスト教とローマ帝国』2014年、p.26.
    ・史料➀:「アプレイウスによる嬰児遺棄に関する記事」『西洋古代史料集』東京大学出版会、1987年、p.187.
    ・史料②:「アレクサンドリアにある夫が内地の妻に宛てた手紙」『西洋古代史料集』東京大学出版会、1987年、p.187.
    ・資料C:「奴隷について」島田誠『古代ローマの市民生活』山川出版社、1997年、pp72-73.
    ・史料③:「ガラテヤ人への手紙」日本聖書協会『新共同訳聖書』より「ガラテア人への手紙3:26-29、pp.346-347.
    【♡グループ】
    ・史料①:「ラクタンティウスの記録したコンスタンティヌスの夢」歴史学研究会編『世界史史料1』岩波書店、2012年
    ・史料②:「ミラノ勅令」歴史学研究会編『世界史史料1』岩波書店、2012年、pp.306-307.
    ・史料③:「皇帝テオドシウスによるキリスト教勅令」歴史学研究会編『西洋史資料集1』岩波書店、2012年、p.313.
    ・資料B:「4世紀以降のキリスト教とローマ社会」松本宣郎「初期キリスト教論」『岩波講座:世界の歴史7』1998年.
  • <3時間目>
    ・史料①:「何がローマ世界に破壊をもたらしたのか?」古山正人編『西洋古代史料集(第2集)』東京大学出版会、2002年.
    ・史料②:「ゴート人によるローマの破壊」南川高志『新・ローマ帝国衰亡史』2013年、岩波新書
    ・史料③:「ヒエロニュモスの伝えるローマ陥落」エティエンヌ・ジルソン(橋本雄三訳)『神の国論、アウグスティヌス、平和と秩序』行路社、1995年.
    ・史料④:アウグスティヌス(服部英次郎訳)『神の国(一)』岩波書店、1982年、pp.9-10.
    ・史料⑤:「クローヴィスの改宗」ヨーロッパ中世史研究会編『西洋中世史料集』東京大学出版会、2000年.
    ・史料⑥:「サリカ法典」ヨーロッパ中世史研究会編『西洋中世史料集』東京大学出版会、2000年.
  • <4時間目>
    【♠グループ】
    ・史料①:「トゥール‐ポワティエ間の戦い」歴史学研究会編『世界史史料5』岩波書店、pp.16-17.
    ・史料②:「カールの戴冠」歴史学研究会編『世界史史料5』岩波書店、pp.19‐20.
    ・資料B:「カール戴冠前後の教皇の置かれた状況」佐藤彰一『カール大帝』2013年、山川出版社.
    【♦グループ】
    ・資料A:帝国書院『新詳世界史探究』p.90.
    ・資料B:「カール大帝の征服と聖戦」五十嵐修『王国・教会・帝国』2010年、知泉書館、p.125.
    ・史料①:「カールの戴冠(アインハルト『カール大帝伝』より)」ヨーロッパ中世史研究会編『西洋中世史料集』東京大学出版会、2000年、pp.22-23.
    ・史料②:「カール大帝の一般訓令」ヨーロッパ中世史研究会編『西洋中世史料集』東京大学出版会、2000年、pp.22-23.
    ・意見A:佐藤彰一『カール大帝—ヨーロッパの父』(世界史リブレット人29)山川出版社、pp.85-86.
    ・意見B:日置雅子、歴史学研究会編『世界史史料5』2007年、岩波書店、p.20.
    ・資料C:阿倍謹也『西洋中世の罪と罰』1989年、弘文堂、p.148.
    【♡グループ】
    ・資料A:「修道院とは何か?」、帝国書院『新詳世界史B』p.97.
    ・資料B:上田耕造編『西洋の歴史を読み解く』2013年、晃洋書房、p.47.
    ・資料C:「修道院が果たした『知的』な役割」、佐藤彰一『カール大帝 ヨーロッパの父』(世界史リブレット人29)2013 年、山川出版社、p.74.
    ・資料D:「教区や教会が果たした役割」阿倍謹也『西洋中世の罪と罰』1989年、弘文堂、p.159.
    ・資料E:「教区や教会が果たした役割(2)」、池上俊一「人間と自然の死生論」岩波講座『世界歴史8』岩波書店、1998年、p.152.
    ・史料①:「ベネディクトゥス戒律」ヨーロッパ中世史研究会編『西洋中世史料集』東京大学出版会、2000年.
  • <5時間目>
    ・図像「聖バルティルトの法衣」佐藤彰一・松村赳『西ヨーロッパ(上)』(地域からの世界史13)朝日新聞社、1992年、p.55.
    ・史料①:「プロコピオス『ペルシア戦史』における、542年のコンスタンティノープルを襲った疫病の様子」甚野尚志『疫病・終末・再生-中世キリスト教世界に学ぶー』知泉書館、2021年.
    ・資料A:「フランク王国の飢饉の様子」甚野尚志『疫病・終末・再生-中世キリスト教世界に学ぶー』知泉書館、2021年.
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単元に含まれる教材

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