• 投稿者:貴子 神﨑  カレーから見る日本と世界の歴史

    カレーの広まり方について複数の問いがあり、この授業をやってみたいと思いました。とくにハウス食品の資料に心惹かれました。
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    2023/03/15 at 3:37 pm
  • 投稿者:小林克史  大項目C「諸地域の交流・再編」の視点から構成した小単元「西アジア社会の動向とイスラームの伝播」

    神奈川県立厚木清南高等学校の小林です。
    大学時代の専攻がイスラーム史だったので、よく勉強されていて、よく練られていると感心しました。授業でここまで詳しくやろうと考えたことはなかったです。
    様々なイスラームへの偏見に対して、考えさせるものとなっていると思います。佐伯先生の思いがあふれている記述に感じ入りました。

    わずかに気になった点は、スーフィーとウラマーの関係ですが、知的なスーフィーもいたとしていますが、スーフィー的な取り組みをしたウラマーもいたようです。湯川武先生の本文からも、そう読み取れます。京都大学イスラーム地域研究センター(KIAS) (kyoto-u.ac.jp)

    「EQ 私たちは、「原理主義」的過激派の暴力や抑圧に抗議・反論しうるか?」という問いや「→一方で、「イスラーム原理主義」が台頭する様々要因にも問題があり、それらは「近代化」以降の世界によって形成されています。私たちは彼らを批判するだけに終わってはいけません。」という表現は、生徒に伝わりやすいとは思うのですが、私としてはそれよりも「なぜ暴力的な手段に出るのか?」「どうすればこんなことにならなかったのか?」「仲良くするために私たちは何をするべきか?」という問いが好ましいです。

    過激派は分けて考えるべきだということも、私も授業でさんざん言っていましたが、現在私の勤務校で生徒にムスリムがいる状況で、どのような配慮をしながら授業をするのか、悩みながら授業をしています。過激派が生まれる原因、他宗教の過激派や原理主義との比較、穏健なイスラーム主義、そもそも政治的経済的状況からおこる紛争を安易に宗教と結びつけた解説をしてよいのか、などなど。かといって、限られた授業時間(と生徒の能力)のなかで何に重点を置くのか、何を一番伝えたいのか、ブラッシュアップしなければ、伝わらない、あるいは生徒が情報の海に溺れるのではないかと思っています。

    まあ、佐伯先生の熱意は生徒に伝わるので、それで十分、それが一番かもしれません。

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    2023/03/17 at 9:45 pm
    • 投稿者:佐伯 佳祐  大項目C「諸地域の交流・再編」の視点から構成した小単元「西アジア社会の動向とイスラームの伝播」

      小林先生

      返信が大変遅くなりまして申し訳ありません。
      コメントをいただき大変光栄です。ありがとうございます。
      私もいつも先生の教材から勉強させていただいております。

      さて、ウラマーの方もスーフィー的な取組をしていたという点は興味深く読ませていただきました。と言いますのも、私はこの資料を通じて「スーフィーは邪道ではない」ということよりも、「信仰心に正道・邪道はない」というようなことを伝えたかったので、その点においては先生にご教示いただいたウラマーの側がスーフィズムにも肯定的な意味を見出していたことを発見させる学習の方が適切だったかと思いました。

      次に、EQについてです。
      3月21日の日大シンポでもご報告させていただいたのですが、イスラーム過激派について、「なぜ暴力的な手段にでるのか」「どうすればこんなことにならなかったのか?」といった問いは、近現代のナショナリストや国民国家、資本主義や格差の問題を扱わなければ答えることが困難な問いになるかと思います。それらは非常に重要な問いでありつつも、実際に現代の授業で扱うと、「〇〇という背景があったから過激派が生まれた」という分析的な視点になりがちであり、ともすると、「〇〇な状況だったから過激派が生まれるのも仕方ない」といった結論に陥りがちであった点が悩みでした。近現代を通じた分析的な視点をもった問いは近現代でもう一度問べきだと考えています。今回は、大項目Cの「交流・再編」の視点から構成した単元なので、イスラームが柔軟に寛容に変化しながら繁栄してきた千年以上の歴史を知ることが、それを切り捨てようとする「原理主義」的過激派への反論になりうる(ムスリムではなくとも反論しうる)ことに焦点をあてて伝えられたらとの思いでこのEQとしております。多くの学校で2年間かけて学習する世界史探究だからこそ、古代中世を学ぶ意義の視点と現代の課題の形成過程という視点を往還するようなカリキュラムにできたらと思います。

      貴重なご意見をありがとうございました。

      佐伯佳祐

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      2023/04/04 at 6:42 pm
      • 投稿者:小林克史  大項目C「諸地域の交流・再編」の視点から構成した小単元「西アジア社会の動向とイスラームの伝播」

        佐伯先生
        非常に丁寧なお返事に恐縮してしまいます。EQについて、違和感を感じたので、思うままに書いてしまい、1年間での全体の流れなどを考えない発言だったと思います。すみませんでした。書いた後で2、3日経ってから違和感は何だったのだろうと考えたところ、私が設問から感じたのは、「私たちは正しい、多くの穏健なイスラーム教徒も正しい」という「前提」があったところだと気づきました。生徒たちに自分たちの価値観が、(私の価値観も含めて)絶対ではないと気づいてもらうことが、おそらく私が授業をしていくうえで大切にしていたことだったのだと、改めて気づかせてもらいました。ロシアの侵攻も、イスラーム過激派もとんでもない、ふざけるな、と私も思っていますが、自分たちの前提を疑う、あるいは客観視する作業は、忘れてはいけないと考えています。おそらく、佐伯先生も授業ではそのような態度で生徒たちに臨まれていたと思います。それにもかかわらず、わざわざ言葉尻をとらえたことは、申し訳なかったと思っております。
        >実際に現代の授業で扱うと、「〇〇という背景があったから過激派が生まれた」という分析的な視点になりがちであり、ともすると、「〇〇な状況だったから過激派が生まれるのも仕方ない」といった結論に陥りがちであった点が悩みでした。
        この文章には、生徒とともに深く取り組まれていることが分かりました。「あいつらおかしい」という生徒の回答から、一歩でも進めばいいという私の授業より、はるかに先を行かれているなと。大学時代、近現代レバノンを卒論で扱ったのですが、「レバノン内戦」に関してジャーナリスティックな書物や、社会学・政治学的なアプローチの本や論文の多くは、「多宗派が混在していたから、内戦がおこった」と分析的?なことをいかにもな感じで書いていました。生徒と同じです。しかし、多宗派が混在していても共存していた時代があったことを考えるならば(実際にあった)、なぜ共存できたのか、なぜそれが破綻したのか、を考えないことは、いかにも「他人事」であり、当人たちの努力や当時の共存を保つ社会システムを無視した「上から目線」を感じずにはいられませんでした。それに物申したかったことが、今でも続いています。
        生徒が自力でなにかにたどり着けるように試行錯誤される佐伯先生の態度は尊敬すべきものです。そこまでいけない私の実践としては、ありきたりな回答を生徒にさせたうえで、違う視点を提示するという手法をとることがあります。ちなみに、それを以前研修先の模擬授業で社会科の先生方にしたところ、ものすごく嫌がられました。さんざん教科書を読み取らせ、考えさせた挙句、「答えはありません。よく分かっていません。実は分かってないから教科書もぼかしていて書いていないんですよ。」としたところ、「気持ち悪かった」「ちっとも面白いと思えない」「生徒に通じない」という評価をいただきました。生徒たちと人間関係を作ればいけると思うのですけどね。

        自分語りが多いですね。またもや失礼しました。このコメントを通して勉強させていただきました。ありがとうございました。

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        2023/04/05 at 10:00 pm
        • 投稿者:佐伯 佳祐  大項目C「諸地域の交流・再編」の視点から構成した小単元「西アジア社会の動向とイスラームの伝播」

          小林先生

          ご丁寧な返信をありがとうございます。
          「言葉尻をとらえられた」などとは全く思っておりません。単元の内容と本質的な問いを実際上どのように結びつけていくのかというのは、非常に重要な観点であり、私の教材だけではその説明になっていないので、先生のご質問は大変ありがたいものでした。

          先生のご指摘されるように、多くの専門的な書物や論文は、事象の原因や背景を詳細に説明しているものの、「私たち」がそのような問題や地球社会にどのように向き合っていくべきかという視点ではあまりヒントが得られないものが多いのではないかと思っていました。今回は、あえて近現代の詳細の経緯を学ぶ前に、「イスラームはどのように在ったか」を根拠に原理主義的言説と対話できるかを問うものです。
          「他人事」や「上から目線」を乗り越えるにはどうしたらよいかを考えての今回のご提案ですが、実際にこれでうまくいくのかどうかはやってみないとわかりません。ぜひ今後ともご意見アドバイスを頂戴しながらよりよい実践を目指していきたいと思います。よろしくお願いいたします。

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          2023/04/10 at 12:59 pm
  • 投稿者:本間 靖章  D4 現代的諸課題の形成と展望

    実際に授業を終えての感触ですが、
    歴史的経緯を探る(近代化・大衆化・グローバル化)と仮説は順序を逆にしたほうがよかったと感じました。

    生徒が、手ぶらで本やネットをただまとめるだけの調べ学習にならないために、個人内思考によって、探究する方向性を固めることを目的に仮説を先に持ってきましたが、
    本校の生徒の場合は、ある程度思考する習慣が確立してたために、この順番はかえってやりにくくさせてしまいました。
     ①トピック(課題)の設定→問いとして表現
     ②課題の歴史的経緯を学んだ知識を元に考察
     ③解決へ向けた仮説
     ④文献・資料調査
     ⑤考察
     ⑥結論
    という流れのほうが、無理なくスムーズに運ぶように思います。

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    2023/03/21 at 1:14 pm
  • 投稿者:野々山 新  D4 現代的諸課題の形成と展望

    大項目D(4)の事例を紹介くださり、大変参考になります。
    本校でも探究学習を実施しましたが、本事例のように書籍への接近を十分に果たせなかったので反省させられました。ちなみに私はこの探究学習の時間(計4時間)が刺激溢れる学びの空間となっていたと感じ、歴史総合って面白いなぁと改めて思いました!本間さんもきっとそう感じていたのではないかと推察します。
    ところで私は近代化・大衆化・グローバル化と結びつけることは必ずしも求める必要がないのではないかと考えていました。というのも、1年間の授業で一貫して扱ってきた上記転換点に対して学習者が賛同するならば関連するであろうし、そうでなければ学習者自身の課題意識を表出させることも有意義だろうと感じていたためです。もちろん、歴史を扱うという大前提は要求しましたが。この点について本間さんとの違いを感じたところです。本間さんが3つの転換点と結びつけることが肝と考える意図を聞いてみたいと思いました。

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    2023/03/22 at 2:19 pm
    • 投稿者:本間 靖章  D4 現代的諸課題の形成と展望

      野々山先生、コメントありがとうございます。
      大項目D(4)を実際にやってみて、この部分こそが本当の意味での歴史総合の核心なんだと再確認しました。最後にミニ報告会を行ったのですが、生徒の語りによって私自身気づかされることも多かったです。終わった後、生徒から「自分の関心があったことに対してより理解を深められた、やってよかった」と言ってもらえたことが本当に嬉しかったです。

      さて、この歴史の転換点との結びつきなのですが、これは何に力点を置いて探究活動を行うかによって変わってくる部分であり、「正解」のようなものはないと思います。私の意図を理解していただくために、思考のプロセスをたどると、まず第一に「歴史総合固有の探究活動」とは何かを考えるところから始まりました。今学習指導要領では、様々な教科・科目で生徒の探究的な学びが求められています。その中で、「地理総合」や「公共」における探究活動との違いとは何かを考えている中で、歴史総合の学習指導要領にも書かれている「現代的な諸課題の形成にかかわる近現代の歴史を理解する」の部分を重要視しました。自分はこの部分を、現代的な諸課題が近代化→大衆化→グローバル化という転換の中で、歴史の中にどのように表れてきたのか、を定点観測的に追っていく方法を考えたのです。この考え方と考え方に基づく歴史総合トピック集は東京学芸大学の高校探究プロジェクトの地理歴史ツールキットにアップしています(https://g-tanq.jp/history)。このような枠組みを設定しないで、生徒の自由な発想を重視するのも大事かと思いますが、私は思考の枠組みを設定して、「歴史総合の探究活動」となることをより重要視したのですね。私の1年間の授業だと、「歴史を扱う」という示し方だとおそらく「どう扱えば良いのかわからない」状態になり、現代の課題に対する調べ学習に終わってしまう生徒が出るだろうという予測ですね。結果としては、やや苦労をする生徒もいましたが、自分は設定してよかったと思っています。学んだことをいかに活かすか、という活動を通して学びの振り返りも可能になりましたし、このように活用できる知識は概念化されて抽象化された知識なので、考察を通して理解をより深められた生徒も出たと感じています。

      長々書いた割に、明確な答えになっていなくて申し訳ありません。D4については、これから議論を深めて行けるといいですね。

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      2023/03/22 at 8:11 pm
      • 投稿者:野々山 新  D4 現代的諸課題の形成と展望

        本間先生ありがとうございます!私も正解がないものだと思っている、いや確信していますので、私との相違はむしろ好ましいことだと感じるのです。そしてご意見を聞いて、1年間での授業デザインそのものと密接に関連して、大項目Dの(4)が立ち上がってくるのだなと感じさせられました。本間先生の目標論と授業方法論に依拠した時、本事例のように展開するのがまさに適切なのだろうと認識することができました。すごく鮮明に語ってくださって、深く感謝申し上げます。
        ところで、他の先生方が大項目Dの(4)をどのような目標を据えながら実施していったのかも気になります。議論を深めたいところですよね。正解がないことが前提ですので、ぜひご紹介くださると嬉しいです!

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        2023/03/24 at 5:44 pm
  • 投稿者:山田 道行  大項目C「諸地域の交流・再編」の視点から構成した小単元「西アジア社会の動向とイスラームの伝播」

    京華高等学校の山田と申します。
     3月21日の日大シンポジウムにおいて、佐伯先生のご報告を拝聴し、たいへん感銘いたしました。綿密に構成された単元構成はもちろんですが、大項目C「諸地域の交流・変容」という視点からイスラームの宗教的な寛容さはもちろん、他民族との融合や変容、交易ネットワークを通じた文化の伝播などの本質を考えさせる問いとなっていて、それが単元全体を通して明確に構成されている点が素晴らしいです。私自身が従来の世界史Bを教えていた際に、細かい用語やアッバース朝以降のさまざまなイスラーム政権を系統立てて教えることに四苦八苦してしまい、イスラーム全体の特質や世界史全体における当該時代の位置づけが曖昧になっていたことを反省しています。「探究」では、1つの単元だけでなく、年間の授業を通して生徒に獲得して欲しい資質・能力を明確にし、生徒がどのように育っていくのかを考えて授業を構成することを共通認識にすべきですが、その点で佐伯先生の教材は秀逸だと思います。加えて、先生の語り口や授業中のエピソードなど、とても親しみやすい授業を展開されていて、参加している生徒たちにとって本当に意味のある学びが獲得されていることが推し量れました。
     さて、「過激派」についての議論ですが、シンポジウムの報告でもおっしゃっていたように、大項目Cの段階ではこれがちょうどよい塩梅なのかと思います。やがて大項目DやEを通して、改めて現代的な課題として、「過激化」について考えることになるはずです。これはさまざまな観点に共通することですが、大項目BやCで生徒が得た認識や深めた問いが、大項目D以降で変容したり、異なる事実と向き合って悩んだり、(歴史総合で獲得した「近代化以降の私たち」と比較しながら改めて「私とは何か」と問うてみたり・・・年間を通して生徒が試行錯誤しながら成長していける、そんな展開が理想的ではないでしょうか。その意味で、イスラームの原理主義や過激化という問題も、佐伯先生の教材に繋がるような提案が、教材共有サイトで他の先生方から投稿されて、議論が活性化されていくことを期待します。

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    2023/03/25 at 5:15 pm
    • 投稿者:佐伯 佳祐  大項目C「諸地域の交流・再編」の視点から構成した小単元「西アジア社会の動向とイスラームの伝播」

      山田先生

      返信が遅くなり申し訳ございません。
      また、身にあまるお言葉を頂戴し大変恐縮しています。

      私は2月の合同研究会で先生のキリスト教の教材を拝見し、自分が発表してよいものかと落ち込むほど先生の教材に感銘を受けました。
      大項目の中のどの部分をどの程度のスケール感で単元化するべきかという点において、私の今回の教材は既存の教科書的なまとまりの範囲を構造的に抜け出せていないのではないかという葛藤がありました。先生のように特定のテーマで長期的なスパンを貫いたり、片桐先生の単元案のような空間をダイナミックにとらえさせるような単元案になっていないのではないかという不安がありました。先生のお言葉により、私の提案にもいくらかの意義があったものと振り返ることができ、ほっとしたのが正直なところです。

      さて、皆様からやはり寄せていただける「過激派」に関する議論ですが、私の意図するところをそのまま表現していただいたような文章で、こちらがすっきりした思いです。近現代を学ばなければ「過激派」は理解できない。しかし、近現代を学ばなければ「過激派」について考えてはいなけいわけではない。むしろ、詳細な背景事情を抜きにして、イスラームとはどのような宗教であり、ムスリムはどのような歴史を築いてきたのかを知ることで、私たちもイスラームの問題について考え、発言することは可能である。というようなことが生徒に伝わればと思っております。実際には近現代史を学んだところで、問題への具体的な提言をすることは難しいので、だからこそこの段階で後付けEQという形で投げかけて、先生のおっしゃるようにその後生徒自身の知識習得と変容の過程を大事にしてあげるのがいいのではないかと思っています。当日の会場でもなかなかニュアンスを伝えきれていないのではないかと思っておりましたが、このようなコメントをいただけて心強く感じております。今後ともよろしくお願いいたします。

      佐伯佳祐

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      2023/04/04 at 6:55 pm
  • 投稿者:堀井 弘一郎  帝国主義とは何か、ヨーロッパの帝国主義(新たな包摂と排除)

    帝国主義とは何かを問い、考える豊富且つ貴重な教材資料、大いに勉強させていただきます。ありがとうございました。

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    2023/03/27 at 9:18 pm
  • 投稿者:清川 洋  近代化とは何か(現代においてアイヌ差別はもうなくなったのか)

    学ばせていた大来ます。

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    2023/03/29 at 9:49 pm
  • 投稿者:清川 洋  単元「男女の「平等」って何なの!?」

    学ばせていただきます。

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    2023/03/29 at 10:17 pm
  • 投稿者:武井 寛太  D4 現代的諸課題の形成と展望

    貴重な大項目(D)4の実践共有ありがとうございます。
    私は今年度取り組んでみて大きな挫折を覚えたため、先生のお知恵を借りたくコメントさせて頂きます。
    先生は実感として、
    ①生徒の問い(テーマ)が「現代的諸課題」になっていないケースが多い
    →教科担任の声かけで、深化
    と挙げておりますが、この点、どのような声掛けで、どの程度深まったでしょうか。
    私の生徒の場合、生徒は現代的な諸課題をほとんど知っておらず、また関心も薄いと見えました。これも1年間の指導の結果なのだと受け止めてはおりますが、たとえば円安、給料が低い(←無理やり産業革命と結び付きはしますが)、(老人は)安楽死ができない(某成田の影響?)、などが挙がるばかりで、それを一つ一つ声を掛けましたが(その日にフォームで集めてすべてにコメント)、なかなか深まらなかった印象です。
    また、「近現代の歴史を理解する」ことが目的で、「現代的な諸課題の形成過程の歴史」を叙述するよう促したのですが、歴史はフォーカスが向かず、たとえば円安のメカニズムとか女性差別の現状とか、歴史の授業としてはイマイチな考察が大半を占めました(これも毎時間フィードバックしていたのですが……)。
    以上二つの悩みがあります。これらに関する先生のご意見を、ご実践の経験から何か頂戴できましたら幸いです。

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    2023/03/31 at 11:48 am
    • 投稿者:本間 靖章  D4 現代的諸課題の形成と展望

      武井先生コメントありがとうございます。

      私も大してうまくいったわけではないので、お貸しするほどの知恵は持ち合わせていないのですが…

      「現代の諸課題」については、生徒の問いが課題になるようにガイドするのに本当に苦労しました。
      様々なパターンがあったのですが、共通して言えることは「課題というのは、解決すべき問題であるということ」という視点ですね。「あなたはその事象に対して、何を問題とし何を解決したいのか」というベースに基づいて、生徒の思考が解決すべき課題に行き当たるように、なぜなぜ攻撃をしました。
      2時間目の問いを立てる時間、3時間目の図書室訪問、4時間目くらいまではひたすら巡回して気になった生徒に声をかける(質問攻めにする)状態でしたね。授業内ですべての生徒に声をかけたと思います。一見成り立っていないように見えても、生徒と話してみると課題意識を持っているということもありましたので、会話によって生徒が言語化することを助けるつもりでいました。

      本校で多かった課題は、「ジェンダー問題」「難民の受け入れ」「国家間の経済格差」「日韓関係」で、この辺りは調べ学習になりそうな問いになっていた場合に、「それの何が問題なの」だとか、「自分はその問題の特にどのあたりにフォーカスして考えたいのか、自分がどうかかわるかという視点から考えてみたら」などのアドバイスで修正できた生徒が多かったです。
      「日本はなぜ経済成長しないのか」のような、超ショートスパンの問いが出たケースもありましたが、「そもそもなんで経済成長ってしなければならないの」という問いによって思考が一面的であることに気が付かせたりということもありました。どこまでが生徒に気づきを促す指導(声かけ)で、どこからが生徒の思考を方向付ける誘導になるのか、活動を終えた後でも、自分の中では答えが分かりません。
      自分の関心から生徒が出した問いが、現代の課題と結びついていない場合もあったのですが、それはかなり時間をかけて声掛けをしました。ラップミュージックが好きな生徒は、ラップのルーツを探ることで人種差別に至り、自分の好きなラップミュージックをより深く理解し、今まで以上に好きになったと言ってくれました。
      生徒が出すものは、一発で「探究に値する問い」や「解決すべき課題が明確な問い」になるケースは稀で、生徒が出した問いの原型に対し、どうすればそこから課題を見出せるか頭をフル回転させて、対話を行った次第です。
      2時間目の終盤でも、なかなか問いを作れない生徒がいたため、2時間目の終盤にこれから解決すべき課題が集約されたものとしてSDGsがあるので、課題からトピックを見直してみるのもいいだろうという指示を出したら、作業が進む生徒が増えたように思います。
      ちなみに、探究活動については最初から一貫してデバイスの使用をオッケーとしています。新聞(ネットニュースですが)やネット上の言論をきっかけにそこから深めていった生徒もいるようです。

      歴史的経緯についても、苦労した生徒が多かったです。これはあらかじめ予想されたことだったので、ワークシートに3つの時代の転換点を示し、それぞれの「現れ方」を考えるという形をとりました。
      最初、なかなかうまくいかず(書いているけど的外れなど)、ワークシートを見ていたところ、うまくいっていない生徒は、それぞれの転換点の具体的事象で考えようとしている生徒が多かったので、「〇〇化を構成する概念がいくつかあったけど、その概念で考えてみたらどうか」というアドバイスを全体に出したところ、大幅に改善しました。
      自分の授業では、4~5時間をつらぬく単元の問いで、生徒が獲得すべき歴史分析概念がはっきりわかるように構成しています。それも最後の探究を見据えてのことだったのですが、これがまあまあうまくいきました。単元の問いや本時の問いを提示するときに、可能な限り現在生じている事象から入るようにしていたのも影響しているかもしれません。
      それでも、近代化の欄に全然近代化と関係のない事象を書いている生徒などが結構出てしまい、指導不足を痛感しました。
      活動の後半の声掛けは、ほぼこの部分でした。
      考察の際に、本または論文を必ず読むということを課していましたが、卒業式&入試で一週間ほど休みとなる期間に文献調査を出来るよう、その前に問いや仮説を出すところまでは進められるようスケジューリングしたのはよかったと思います。
      課題の歴史的な形成過程を明確にするのが、他の科目や総探での探究活動と歴史総合における探究活動の一番の違いであると考えていたため、3つの転換点における現れ方という示し方はよかったのかな、と思っています。個人的にはこの部分を次年度以降もこだわりたいと考えています。

      まとまりなく長々書いてしまいました。
      答えになっておらず、申し訳ありません。

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      2023/03/31 at 5:54 pm
  • 投稿者:渡邉大輔  帝国主義とは何か、ヨーロッパの帝国主義(新たな包摂と排除)

    堀井弘一郎様、本教材をご覧になりコメントを下さり、ありがとうございました。歴史総合を学んでいる前提で作りましたので、歴史総合で活用される際にはフランスにおける宗教的要因による社会的排除や政教分離の文脈についてもう少し丁寧な説明が必要かもしれません。また、アプロプリアシオンの概念につきましては、ロジェ・シャルチエが代表的でありますが、ここでは摂取ー利用という意味で、スカーフを独自の意味で利用することについて用いております。すなわち、歴史は一方的な上からの押し付けだけではないし、生きている主体の営みがありそのことが次なる変化に繋がる、という当たり前のことを生徒たちに考えてもらう教材としております。機会がありましたらまたご助言ください。ありがとうございました。

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    2023/05/01 at 12:46 pm
  • 投稿者:山田 道行  帝国主義(なぜ、植民地の獲得は求められたのか?)

    山田道行(京華高等学校)です。帝国主義の資料を探していて、神永先生の教材を拝見し、授業で使おうと考えております。ロシアのウクライナ侵攻の正当化、そしてヘイトスピーチの独善性という現代の課題を導入教材として、そこからジグソー活動を通して「植民地を獲得するための行動は、どのような理屈で正当化されたのか?」「血を流してまで植民地を望んだのは誰か?」「帝国主義が「発展させたあげた」結果、現地の人々はどのような経験をしたのか?」という3つの側面から生徒が活動できるように構成されていて、とても活用しやすい教材です。特に♡パートの「血を流してまで植民地を求めたのは誰か」の問いに関しては、先に教科書の第二次産業革命を資料として提示し、経済的な側面から帝国主義が進展したことが「教科書には書かれている」けれども、後半ではシジウィックや福沢諭吉の資料を通して、「誰が」と問うことで、教科書に書かれている以外の視点を考えさせようとしている点がとても興味深く読み取れました。国民国家の形成や「大衆化」にもつながる視点として優れた教材かと思います。ありがとうございました。
     さて、2点ほど質問というか、実際の授業で活用する際のことを教えてください。(1)導入で紹介されるロシアによる正当化、そしてヘイトスピーチですが、ごく一部の生徒は、この正当化を「正当化」してしまうことや、ネットの情報だけでヘイトスピーチ(的な主張)を「支持する」立場をとることがあります。そのような意見を直接授業中に書いてくることは少なくても、生徒の言動を見ていると「そっちに寄っている」と感じられる場合もあります。そう考えると、ロシアの正当化が「間違っている」と言える論拠、あるいは最初のジグソー教材に出てく人種論、社会ダーウィニズム等が明らかに「誤った考え方である」ことはどこかで伝えなければいかないのかと思います。その一方で、教師が「解釈」を規定してしまうことで教室内の自由な言論が制限されるという懸念もあるのですが。そのあたりが自分で授業をしていて迷う場面です。神永先生はいかがでしょうか。
    (2)これも導入教材につながることですが、ジグソー活動、クロストークを経た上で、最後にMQを考える上で、導入とどのように結びつけるかということです。「教材のねらい」で書かれているように「積極的に行動し、間違える大衆」をテーマにするのならば、やはり最後にもう1度、冒頭の課題について考えさせ、教材を学んだ前と後で自分のイメージや意見がどう変化したという個人内評価を問うことも意味があるかと思いました。
     実際に使ってみて、また感想を書かせていただきます。

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    2023/06/04 at 6:06 pm
    • 投稿者:神永 卓弥  帝国主義(なぜ、植民地の獲得は求められたのか?)

      山田先生、ご無沙汰しております。コメントありがとうございました。

      ⑴について
       私の勤務校では幸いなことに、生徒がヘイトを支持するようなシチュエーションに遭遇したことはありませんし、対話を聞いていても直接的に排外主義的な主張をする生徒は見かけません。ただ、ご指摘のケースに近しい事例は確認したことがあります。
       年度当初、「歴史の扉」の単元でNHKのBS1スペシャル「ジャパニ ~ネパール村の出稼ぎ村の子どもたち~」を視聴してコメントを提出させたのですが、苦境に立たされる移民労働者や本国に取り残される子供たちに対して、「日本に出稼ぎに来るのは自分で決めた道なのだから、不平不満を言うべきでない」や「ネパールに生まれたのはしかたがないことで、それは運命として受け入れるべき」のようなコメントが寄せられました。
       私は良い機会だと思い、次の授業の冒頭で、ネパールの状況に同情的なコメントと併記してそれを他の生徒に紹介しました。あわせて、ロールズの「無知のベール」の話を紹介し、グローバル正義論について数分だけ話をしました。
       話をご質問の点に戻しますと、教師の解釈が規定されることへの懸念について、個人的には恐れずに生徒へボールを投げ続けるのが良いのではないかと思っています。それがなぜ不正義かについては教師側がしっかりと主張していって良いのではないでしょうか。もちろん、その場で生徒と議論が白熱してしまうとカリキュラムが消化できませんので、次回以降の教材にも同じ論点を別の素材で問いかけ続け、コメントシートで生徒が考えたことを吸い上げるような仕掛けを何度か繰り返すことで、「教師」という他者と出会って自己の理解を振り返る機会になるのではないかと考えています。
       もちろん、教師それ自体がもつ権威性には自覚的であるべきですので、授業冒頭でコメントを紹介するときには、該当生徒を議論の相手として十分にリスペクトすることを心がけています。指導は学校や学年や学級などの雰囲気によってさまざまに形を変えるものですので、一概には言えないということを含みつつも、私の考えているところを書かせていただきました。

      ⑵について
       ご指摘、ご尤もだと思います。一方で、一つの授業の中で「授業前の思考」→「授業を受けた後の思考」を求めると、いささか学びが”機械的”になりやすい気もしています。きれいにパッケージされすぎていて、臨場感に欠けると言い換えてもいいかもしれません・・・(うまく言語化できませんが)。その意味で、帝国主義で「何か民主主義ってドウナノ?」という漠然としたモヤモヤを抱かせ、その「考えたい欲求」を熟成させ、大衆化の単元で思う存分議論させる、というのもいいかもしれません。
       もっとも、その場合にも生徒の頭の中の大衆像についてコメントシートなどで外化させ、変容を評価することが必要になるのは変わらないと思います。

      まとまりのない乱文、失礼いたしました。今後とも、よろしくお願いいたします。

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      2023/06/07 at 8:18 pm
  • 投稿者:中村 翼  日本文化のあけぼの

    反応が遅くなり、失礼しました。講義資料、大変興味深く拝読しました。

    「稲作」に伴う生活の変化は、私も授業で取り上げていますが、縄文時代における地域的人口分布(東高西低)は、稲作の受容のありかた(今では、私が習った20年前とは違って、短期間で列島各地に広まったとは説明されないようですし)を考えるヒントにもなるものと思い、私も使わせてもらおうと思いました(土偶の表情の変化については、恥ずかしながら始めて知りました)。植生の問題も重要ですね。

    なお、稲作の開始に伴う女性の地位変化については、出産サイクルの変化に注目させる点はきわめて有意義と考える反面、だから女性が子育ての負担が増す・・・というのは、授乳や産前産後の行動力の問題などのフォローをしておかないと(常識の範囲なのかもしれませんが)、子育ては超歴史的に女性(とりわけ母親)の仕事という誤解が深まるかもしれません。先生には余計なお世話でしょうが、他の方が活用される場合の注意事項として記す次第です。
    また、私が見逃しているのかもしれないのですが、これは何時間でされる授業でしょうか?ご教示いただけると幸いです。

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    2023/06/21 at 2:07 pm
  • 投稿者:中村 翼  東アジア古代国家の形成

    今更のコメントで失礼します。

    授業のねらいに共感します。古い時代の方がなにかとシンプルなので、そこでしっかりと国際的視野を鍛える練習・習慣づけをしておくことは重要と思います。以下、些細なところもありますが、コメントします。

    ・『漢書地理志』は、『漢書』地理志とする方がよいです。

    ・金印の使い方の図解は重要です。ただし、この福岡市博物館の説明は、《文字文化が定着していない(つまり文書の交換をしない)日本で、どうやって(本来、文書に捺すはずの)印を使うの?》という疑問に答えたものかと思います。したがって、「あなたの国が奴国から手紙を受け取ったときに・・・」というのは、状況設定として問題があります(もっとも、中国をバックにしている、「グローバル」な政権として自国の権威を誇示するというのが想定回答と考えられますが、その点は重要な問いかけと思います)。

    ・隋との推古朝の関係ですが、最初の問いかけで、倭国の自立性を(通念通り?)前面に出すと、先生がサジェストしている中国文明の受容(官位制・法文化・宗教)が後継に退くように思います。私は、あくまでも推古朝と隋の関係は、《中国に学びに行く倭国》を基本線として、強調しています(非礼な文書を送ったことをことさら重視しない)。このあたりはどうでしょうか?

    ・白村江の戦いをめぐる国際関係を(結果を知る立場から?)考察する試みも興味深く思いました。ただし、一点。「もしあなたたちがヤマト政権の有力者であったなら、倭国の独立を保つためにどのように立ち回りますか?」という問いかけは、「倭国の独立を保つ」まで出してしまうと、生徒の思考を縛るかも知れません。白村江の戦いに倭国が参戦した理由を、自衛(ないし独立を保つため)とみるか、朝鮮半島権益拡張のためとみるかも大きく分かれる点だと考えるからです(もちろん、両者を折衷したり、第三、第四のの視点もあるでしょう)。

    的外れの指摘もあろうかと思います。あくまで一見解として、ご参考になれば幸いです。

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    2023/06/21 at 2:33 pm
    • 投稿者:高瀬邦彦  東アジア古代国家の形成

      中村先生

      貴重なご意見ありがとうございます。

      ・『漢書地理志』は、『漢書』地理志とする方がよいです。
      ⇒ここは教員になってから何回か変更を加えている箇所でして、もともとは『漢書』地理志と表記していたのですが、書籍などでは『漢書〇〇志』『漢書〇〇伝』みたいになっていることも多いので、最近ではまとめてしまっています。
      ただ、『漢書』の中の地理志という部分なので、正確には『漢書』地理志にした方が良いというのは理解しています。

      ・金印の使い方
      ご指摘ありがとうございます。封泥を図で説明してくれている他の資料があればよいのですが・・・。
      ちなみに、この部分で私が生徒に疑問点について話をするのですが、中村先生がご存じのことがあればご教授いただければ幸いです。
      《文字文化が定着していない(つまり文書の交換をしない)日本で、どうやって(本来、文書に捺すはずの)印を使うの?》
      弥生時代のまとまった文書は見つかっていないので、歴史学的には弥生時代の日本には「文字文化が定着していない」ということになるのですが、個人的に以下の疑問があります。
      ①弥生時代に日本列島にやってきた人々は、稲作や金属器などは持ち込んだのに、漢字は持ち込まなかったのか?漢字の成立は紀元前10世紀頃なので、前漢や後漢、魏の時代の日本列島に持ち込まれて使われていてもおかしくないように思います。
      ②文字文化が定着していなければ「漢委奴国王」の金印も相手国が読めない可能性があり、意味がないのではないか?
      ③手紙などが書けないのに、中国王朝との交渉は可能だったのか?
      稚拙な質問で申し訳ございません。

      隋と推古朝の関係
      この教材だけでは説明足らずであり、申し訳ございません。
      非礼な文書を送ったことをことさら重視しない、というのは私も同じ考えです。
      私は隋への国書を「中華思想の導入」という観点でとらえています。倭国が朝鮮半島諸国との交渉を「三韓の貢」とみなし、朝貢を受ける中華を自負して冊封体制から脱しようとしていた、と生徒には説明しています。加えて、実際は遣隋使・遣唐使ともに朝貢や留学を兼ねており、日本は(表向き)自立性を主張しつつも、実際は中国に朝貢して学ぶ立場であった、という説明をしています(奈良時代の新羅との元日朝賀の争いなどの話もつなげていきます)。

      ・白村江の戦いをめぐる国際関係
      これはなるほど、と思いました。ありがとうございます。
      唐の出現後、高句麗では642年に大臣の泉蓋蘇文が国王を廃して実権を掌握し、新羅では647年に唐が廃位を求めた女王に対して国内で反乱が起こり、百済では643年に王族の義慈王がクーデタを起こしたわけですが、これらを「唐に対抗するために権力を集中するための動き」と捉え、乙巳の変もその一連の動きの一部であった、と説明しています(プリントの「遣隋使から帰国した南淵請安の塾に通っていた中大兄皇子と中臣鎌足が大陸情勢を学び」という部分との関連)。
      そのため、白村江の戦いでも「唐から東アジアへの圧力をどう乗り越えるか」という観点で見てしまったため、「独立」という点に至っています。
      他にも様々な歴史のIF的思考から始まる活動(私は歴史推論と呼んでいます)をしていますが、それらに活かしていきたいと思います。

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      2023/06/22 at 10:14 pm
      • 投稿者:中村 翼  東アジア古代国家の形成

        中村です。頂戴したご質問への回答をします。
        以下の見解は、市大樹「日本列島における漢字使用の始まりと東アジア」『グローバルヒストリーから考える新しい大学歴史教育』に依っています。詳細はこちらを御覧いただけるとよいかと思います。

        ①弥生時代に日本列島にやってきた人々は、稲作や金属器などは持ち込んだのに、漢字は持ち込まなかったのか?漢字の成立は紀元前10世紀頃なので、前漢や後漢、魏の時代の日本列島に持ち込まれて使われていてもおかしくないように思います。

        →「文字」の書かれた弥生土器の出土例があります。ただし「文章」ではなく、「(不思議な呪力を持つ)記号」として記されたと考えた方が合理的とされます。下の②についても、同様の観点から説明できると思います。

        ②文字文化が定着していなければ「漢委奴国王」の金印も相手国が読めない可能性があり、意味がないのではないか?

        ③手紙などが書けないのに、中国王朝との交渉は可能だったのか?

        →②・③はまとめてお答えします。まず、③については、たとえば卑弥呼の場合、上表文の作成を倭国側ではなく、外交を仲介した帯方郡が行ったのではないかという説があります。実際、後の時代には漢文作成能力(=中国のルールに基づいた漢文なので相当高度なスキル)を十分にもたない各国・地域の使者がもたらした文書を、中国の当局がリライトして、立派な上表文に書き換える(→さらには、貿易目的の使者を立派な朝貢使に仕立て直す)こともあり(最近では、『アジア遊学277 宋代とは何か』に気鋭の学振PDの遠藤総史さんが宋代の例を紹介しています)、この仮説は説得力があるものと考えています。また、そうでない場合でも、倭国内で外交文書が書けたのはごく一握りの渡来系の人々であり、②とも関わって、倭国内の交渉は、文字よりは口頭(使者に話させる)でなされたとみるのが穏当だと思われます(5世紀には一定の交渉がなされたが、鉄剣に彫るといった行為に象徴されるように記念的な要素が顕著であり、文字使用は相当に特殊とみるべきで、普及は7世紀頃と考えられる=この頃には木簡が普及し、行政に使用されている)。

        以上となります。文章が不躾なものになっていないか、とても心配なのですが、とりいそぎ、お答え致します。

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        2023/06/23 at 11:23 am
  • 投稿者:中村 翼  国風文化

    大変アカデミックな内容で、挙げられている資料など、苦労されたのではないかと拝察します。
    平安時代の日中関係については論文も書いたことがあり(https://hdl.handle.net/11094/61303)、平安時代の地方支配と国風文化、対外関係は相互に結びつけないと逆に教科書記述の理解が難しくなり、多くの生徒がここでドロップアウトするおそれがあると考えています。
    具体的な実践はこの教材共有サイトにも挙げている「日本史概論」の関連項目を御覧いただけると幸いです。

    先生の授業に関して、①学説史の流れを認識しながら、②それぞれの根拠をおさえていくというスタイルは、ことに「国風文化」に関しては有益と思います。
    その場合、提示されたA)「国風文化」は閉鎖的な文化ではなく、東アジアの影響を受け様々なものが移り変わる時代、B)やっぱり閉鎖的な時代、という選択肢のうち、Bが旧説回帰ではないことをしっかりと説明する必要があり、そこが難しさでしょうか。
    最近の論調も一見すると、B(閉鎖的)と読めるかも知れませんが、あくまでも唐文化はもちろん宋文化の影響も受けていることを前提にして、どのあたりがどう影響をうけているのか、いないのかを追究し、日本の国際的位置(政治的・文化的)をとらえようとしていると理解できます。
    今回の資料では、提示された資料と学説とのリンクが(おそらく口頭で補っているのでしょうが)十分には見えにくいので、改善点があるとすれば、その点にあろうかと思います。

    また、遣唐使以後の貿易活動については、文字資料では伝わりにくいかもしれません(どうしても統制する方向の資料になる上、なかなか難しい漢文資料ですので・・・)。このあたりは、教科書でも紹介されている(出版社によって軽重はありますが)、博多の状況を紹介するのがよいと思います。

    なお、朝鮮観については、最近、渡邊誠『王朝貴族と外交』(http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b618489.html)が上梓されました。大いに参考になるのではと思います。

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    2023/06/21 at 3:57 pm
  • 投稿者:中村 翼  平氏政権の誕生と武士の政治進出-鎌倉時代で力を持っていた者はだれか?-

    平家と日宋貿易に関して、コンパクトかつ内容の濃い資料であると受けとめました。
    また、修学旅行とリンクさせて学びを深めるというのも、生徒にとって良い経験であると思います。

    ただし、私自身は、平家が大輪田泊を拠点に日宋貿易に関わり、経済基盤にしたという理解には懐疑的です。

    その観点からすれば、①平家の経済基盤は、資料にもある知行国と荘園に求める方が無難であるし、反平家の機運も、知行国・荘園をめぐる権益をめぐって起こっていることと整合的かと思います。

    ②日宋貿易の基幹線は、遣唐使以後から一貫して〈博多―(東シナ海)―寧波〉においた方が、戦国時代の〈南九州など九州各地―(東シナ海/南シナ海)―中国〔密貿易拠点〕・東南アジア〉の対比が生きています(→なぜ種子島や鹿児島が鉄砲・キリスト教伝来で重要か、など)。また、教科書で紹介される博多の状況とも整合的だと思います。

    ③大輪田泊は、日宋貿易のルートというよりは、博多~各地の地方都市~京都をつなぐ瀬戸内海流通の動脈として理解した方が、平家が西国を拠点に生き延びようとした戦略をよりうまく説明できると思います(西国は、貿易以上に国内流通・生産のレベルで豊かであった)。厳島神社も貿易と言うよりは(それもあるかもしれませんが)、瀬戸内海流通の拠点として考えればよいと思います。

    もちろん、国際貿易と国内通流は択一的な問題ではないのですが、貿易に傾きすぎるとかえって平家の基盤を矮小化するように思え、以上のように考えることで、西国と平家の関係性がよりクリアになるのではと考える次第で、コメントさせていただきました。

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    2023/06/21 at 4:13 pm
    • 投稿者:阿久津 祐一  平氏政権の誕生と武士の政治進出-鎌倉時代で力を持っていた者はだれか?-

      中村先生 コメントありがとうございました。先生のご指摘は西日本と東アジアの交流と平氏権力の拡大と衰退をいかに単元化しうるかということにつながるものと理解しました。

      大輪田泊に関してのご指摘は日本史探究のWGでも懸案事項として表出されたものでした。私の授業案では博多の存在を軽視していたことは否めません。「日本史探究」において東アジア交易の実態に迫る単元をどこにすえつけて展開することが単元設計上効果的なのか改めて考える機会となりました。
      日本史探究の教科書では厳島神社を瀬戸内海流通の拠点とする視点はほとんど掲載されていないと思います。厳島神社が担っていた複数の役割や東アジアの結節点である博多、これらの地域を題材にして政治(平氏政権)と経済(知行国・荘園制を含む)を結び付けた授業を今後作成していきたいと思いました。
      また、本校の生徒にとって“博多”という地はイメージしにくい地です(海なし県ですとなおさらです。)博多をテーマにして中世を貫く単元も作れると感じました。
      ご助言ありがとうございました。

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      2023/06/25 at 10:34 pm
      • 投稿者:中村 翼  平氏政権の誕生と武士の政治進出-鎌倉時代で力を持っていた者はだれか?-

        中村です。近年は、アジア交流史が重視されているので、博多に注目する教科書が増えてきたようですが(ある世界史探究の教科書で、鎌倉から四国の南、南九州を経由して中国方面に伸びる不思議な航路が書かれていたことには驚きましたが・・・)、「本校の生徒にとって“博多”という地はイメージしにくい地です」というのは、忘れていたポイントでした。
        私自身、千葉県で高校まで過ごしてきたので、アジアとの窓口としての博多のイメージは希薄で、大学での学びで強く意識するようになった次第です。生徒の持っている認識などを考慮した教材作りは、全国一律のオンデマンド授業ではなかなか難しい、その学校の教師のなせる技かも知れません。今度とも、ご教示下さい。

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        2023/06/29 at 1:10 pm
  • 投稿者:中村 翼  執権による政治-鎌倉時代で力を持っていた者はだれか?―

    京都教育大、中村翼です。
    飢餓ゼロがSDGsの一つになっているように、極めて現代的な課題に即した有意義な授業実践であると考えました。
    『方丈記』の五大災厄は歴史資料としてもよく利用されますが、古典学習と歴史学習の架橋という意味でも意義深い取り組みであると思います(あとは、飢饉と都市の関係などは、地理でしょうか)。

    全体像に関わるものと言うよりは、些細な点ですが、博士論文のテーマが鎌倉時代で、友人が平家政権論を研究しているもので、コメントをしておきます。

    Q4の想定解答に、飢饉の対応策(というか日常の五穀豊穣)として、古代なら加持祈祷というものがあります。この書き方だと、中世は違うという誤解を招くかも知れません。中世(とくに院政・鎌倉時代)に天台真言の旧仏教(顕密仏教)が最盛期を迎え、モンゴル襲来時に各地の寺社が異国降伏祈祷に熱をあげたように、困ったときの仏神頼みは古代に限るものではありません(むしろ中世の方が熱狂的)。関連して、異国降伏祈祷には幕府も積極的だったように(この点は、教科書ではあまり強調されませんが)、鎌倉幕府の「徳政」(この場合は北条泰時の政治)と古代の祈祷を対置するのも問題です。事実、蒙古襲来後の「徳政」は寺社に(御家人を犠牲にしてでも)「恩賞」を与えることでもありました(より詳しくは、海津一朗『〈新〉神風と悪党の世紀』などを参照)。

    Q7の人身売買と飢饉の関係性について、「なぜそのような命令を出したのか?(=なぜ人身売買が飢饉のときに限って許されたのか?)」という問いかけの答えが、「人身売買が出来なければさらに死者が増えると考えられる」とあったので、ここをどう説明されたのかが気になります。当時の飢饉や社会のあり方、人身売買を考える上でキイとなる問いかけだと思うからです。なお、この点については平雅行『歴史のなかに見る親鸞』の「東国の伝道」という章に、寛喜の飢饉と親鸞の思想の関係を含め、壮絶な解説があります。ぜひ、ご一読いただけるとよいかと思います。同著『〈日本史リブレット人〉法然』も単なる人物伝にくわえ、中世仏教の全般の解説を含みます。あわせてお薦めしておきます。

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    2023/06/21 at 5:51 pm
    • 投稿者:阿久津 祐一  執権による政治-鎌倉時代で力を持っていた者はだれか?―

      中村先生
       コメント及び参考図書のご紹介ありがとうございます。まず、この教材案では実践をしておりませんので、今回は想定されるコメントを掲載したものでございますのでご了承ください。
       Q4では既習事項を踏まえ生徒が発言(記述)しそうな内容を掲載しました。祈禱に関しては、奈良時代の天然痘をはじめとした疫病が広がった時代と鎌倉時代とを比較することで仏教に対する考え方や「祈る」という行為について生徒に考えさせる授業が構想できそうです。近世及び現在のコロナのアマビエ信仰などにも通ずるところがあるかと思いますので、今後の教材案作成の1つのテーマになりえそうです。ただ、古代の祈りと中世における祈りと現在の祈りを同一視することは危険だと思いますので、何かよい観点があればお教えいただけると幸いです。
       Q7については、現在の世界では人身売買は絶対悪として見られる風潮が強いかと思います(あくまで私見ですが)。現在の生徒が持っている価値観を揺さぶるためQ7を設定した次第です。生徒のもっている価値観を揺さぶり、厳しい社会状況であったことを理解させるための文章資料と考え配置しました。

      中村先生、コメントありがとうございました。

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      2023/06/25 at 10:36 pm
      • 投稿者:中村 翼  執権による政治-鎌倉時代で力を持っていた者はだれか?―

        中村です。
        時代ごとの「祈り」の持つ意味の違いは、なかなかやっかいな問題だと思いますが(現代でも人によって様々ですし)、宗教勢力の持つ社会的な機能の多様性と大きさ(一般的には、中世に肥大化し、近世に世俗するイメージでしょうか)をしっかりおさえながら説明することが、「観点」という意味では重要だと思います。
        人身売買のことは、日本中世において〈当時において生きていくためのやむを得ない選択〉という側面が確かにありますが、「自助」のウェイトが大きい時代はともかく、現代は先生のおっしゃる通り、それでやむなしとするわけにはいかないので、「公共」で習う社会保障制度の問題(とくに公的扶助・社会福祉)との橋渡しが欠かせないところでしょうか。

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        2023/06/29 at 1:02 pm
        • 投稿者:阿久津 祐一  執権による政治-鎌倉時代で力を持っていた者はだれか?―

          中村先生
          日本史探究の科目テーマとなっている、”祈り”という「概念」や自助等の公民的内容との科目間の立てつけが実践していて難しいなと考えております。抽象概念をいかに生徒の知識理解につなげていくのが今後の課題であり、先生からいただいたご助言を踏まえて再考していかなければならないなと感じています。

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          2023/07/03 at 9:43 pm
  • 投稿者:横井永孚  東アジア古代国家の形成

    今年度から始まった日本史探究の序盤を進める上で、大変参考にさせていただいております。全て手探りであるため、先生が指し示してくださる教材に大いに助けられました。

    今年度は進路先がほとんど就職や専門学校のクラスで授業を行っておりますが、このクラスにおいては「倭国の独立」というゴールを示した時に議論が活発化しました。中村先生のご指摘もその通りでして、クラスによってここは“どこまで情報を提示するか?”という点について融通が利かせられるのかもしれません(外交政策についての意見ばかりになってしまったのは、私の指導の反省点です…)。

    また「蘇我氏を倒して早急に天皇中心の国づくりをしなければならない」という部分に関しては、東アジアの情勢だけでなく、国内における蘇我氏の専横的な振る舞い(馬子の崇峻天皇暗殺、入鹿の山背大兄王暗殺、皇極天皇との愛人問題など…)を、バイアスと承知で提示することで、より天皇中心の国づくりの必要性がイメージしやすいようにしてみました。

    いずれにせよ高瀬先生の教材あっての応用であります。本当にありがとうございます。お恥ずかしい話ではございますが、もしよろしければまた教材をご提示していただけましたら幸いです。

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    2023/06/22 at 6:50 pm
    • 投稿者:高瀬邦彦  東アジア古代国家の形成

      横井先生

      コメントいただきありがとうございます。楽しい授業になったようで、とてもうれしく思います。
      「クラスによってここは“どこまで情報を提示するか?”という点について融通が利かせられるのかもしれません」というのはその通りだと思います。
      今回の白村江の戦いのような活動を他の時代でも組み込んでいるのですが、中村先生のご指摘のようにすると、グループごとに論点を変えることで様々な視点から意見が出て学びが広がるような気もします。

      バイアスと承知で提示すること
      これは歴史という科目を教える中でうまく活用したいですね。
      私の場合だと、ステレオタイプの理解や教科書的な理解を崩すことで生徒の興味関心を引くことも多いです。
      今回の範囲だと、崇仏論争は実は崇峻と穴穂部皇子の継承争いだった、崇峻天皇や山背大兄は王の器ではないとみなされ群臣の協議によって殺された、乙巳の変は蘇我氏中心の国づくりを目指す皇極と、王族中心の国づくりを目指す軽皇子(孝徳)の対立だった、などがあるでしょうか。

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      2023/06/22 at 10:28 pm
  • 投稿者:山田 貴志  国風文化

    中村先生
    コメントをいただきましてありがとうございます。大変参考になりました。特に、旧説回帰にならないようにしないように気をつけなければならないという御指摘は、本当にそのとおりだと思いました。どう工夫するか考えたいと思います。

    また、様々な文献を御紹介いただきありがとうございます。しっかりあたって、さらに授業を深めていきたいと思います。

    なお、先生に記していただいた、①学説史の流れを認識しながら、②それぞれの根拠をおさえていくというスタイルですが、自分の一つの形にできないかと考えています(もちろん毎回ではありませんが)。このスタイルに関しまして、近世でも既に挑戦しています。恥ずかしながら、授業実践として投稿していますので、こちらも御批判いただけると、大変幸いです。

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    2023/06/25 at 1:55 pm
  • 投稿者:堀井 弘一郎  日清戦争(銃後の日本人は、戦争をどう見ていたのか?)

    私には初めて見る史資料が多く、大いに参考になりました。ありがとうございました。

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    2023/07/01 at 5:42 pm
  • 投稿者:堀井 弘一郎  仏教は世界宗教になったのに、なぜ南アジアで浸透しなかったのだろう?

    私自身疑問に思っていることに答えて頂いた教材で、大変有益でした。ありがとうございました。

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    2023/07/01 at 5:59 pm