「日本は唯一の戦争被爆国」という語りは、何を捨象してきたのだろうか?
教材のねらい
広島市立舟入高等学校の佐伯佳祐先生からの提供です。
佐伯先生からのメッセージ
本校では、総合的な探究の時間を利用して1年次に平和探究という形で平和記念公園の資料館見学と碑巡りを実施しています。この取り組みと、歴史総合の授業を連動させる形で平和学習を行ってきました。
4月の歴史総合の最初の単元「歴史の扉」では、「校則から歴史の扉をひらく」と題し、本校における黒タイツ禁止の校則を焦点として原爆の歴史と記憶の問題を扱います。
資料館見学に際しては、「原爆資料館のあり方を問う」と題した取り組みを行います。
上記2点については、本サイトに投稿済となりますので、ご参照いただけますと幸いです。
本教材は、碑巡りの事前学習として作成したものになります。
資料館については、生徒たちは関心をもって見学するものの、碑巡りについては毎年さらっと終えてしまう生徒が多いことに課題意識をもっておりました。そこで、韓国人原爆犠牲者慰霊碑をとりあげ、この碑が建てられることになった経緯や、そこに込められた思いを理解するための教材を作成することとしました。
生徒は、碑に刻まれた文言を焦点にして、架空の高校生の問いと探究を追う形で、原爆が投下された1945年、碑が建てられた1970年、そして現在に至るまでという時間のスパンで思考していくことになります。「日本は唯一の戦争被爆国」という語りが捨象してきたもの、動員、被爆、放置という「三重の被害者」とならざるを得なかった人々の存在を知り、彼らにとっての原爆は「戦後」にも終わりがなかったことに気付かせます。その上で、「碑」のもつ意味について考えさせることをねらいとしました。
以下は、実践後のある生徒の記述です。
「『日本は唯一の戦争被爆国』という語りは、原爆による被害を受けたのが日本人だけだという印象を与えかねないものだと感じました。広島に住んでいて、昔から原爆に関わる話を聞いてきたり学んできたつもりの私ですら、日本人以外にも被爆によってたくさんの苦しみを負った人たちがいるということを知らず、恥かしいです。『日本は唯一の戦争被爆国』という語りからは、個人的には、『日本は被害を受けた国だ』と言っているような意味合いを強く感じてしまうけれど、日本の植民地であった国の人々が8月6日に広島にいたということ、またそれがなぜなのかを忘れないでいたいです。原爆に関係するもの以外の各地の朝鮮人の碑が撤去される動きに関しても、朝鮮人労働者や旧植民地の人々に対する現代日本人の理解や配慮が足りていないという現状があると思います。」
参考文献・資料
- 韓国人原爆犠牲者慰霊碑
- 平岡敬『差別と偏見 ヒロシマそして被爆朝鮮人』(未来社刊,1972年)
- 日本反核法律家協会HP(https://hankaku-j.org/event/220314/004.html)
- 広島市HP「被爆に関すること よくある質問と回答」