イギリス料理はなぜ不味いと言われているの?
教材のねらい
都立八王子拓真高等学校の加藤隆浩先生からの提供です。
加藤先生からのメッセージ
都立八王子拓真高等学校(昼夜間定時制)における授業実践である。
本実践では,受験対策に偏することなく,多様なテーマを通して世界史を多面的・多角的に捉え直し,社会的事象の意味を主体的に問い直すことを目的としている。
本授業では,イギリス料理に対する一般的なイメージを出発点として,食文化を単なる生活文化として扱うのではなく,近世から近代にかけての政治史・社会史の変化と結び付けて捉え直すことを目的としている。特に,「なぜ近代以降のイギリスでは,地域や季節に根ざした食文化が弱まっていったのだろうか」という問いを通して,文化が社会構造や政治的変動の中で形成・変容していくことに気 付かせることをねらいとした。
導入では,生徒が知っているイギリス料理や,「イギリス料理は不味い」と語られる言説を取り上げ,そのイメージがどのように形成されてきたのかを問い直した。サンドイッチや紅茶,ティー文化など,イギリス文化の中に豊かな食の要素が存在する一方で,料理全体について否定的な印象が語られてきた背景を考えることで,生徒に文化を固定的なものとして捉えるのではなく,歴史的に構築されたものとして考察する視点を持たせた。
展開では,食材の多様性や在地性の変化に関する資料を読み取り,近代以降に食文化のあり方が大きく変化したことを確認した。その上で,貴族や富豪の食卓を支えた料理人の出身階層,農村における祝祭や入会地の存在,さらに第1次・第2次囲い込みによる農村社会の変容を関連付けて考察させた。絶対王政期から産業革命期に至る政治史・社会史の流れは,単に国家や制度の変化にとどまらず,人々の生活,労働,食のあり方にも影響を及ぼした。土地を失った農民が都市へ流入し,工場労働者となる過程は,地域に根ざした食材の獲得や祝祭を通じた食文化の継承を難しくし,食文化の均質化を進める要因となったと考えられる。
まとめでは,近代イギリスにおける食文化の変容を,今日のグローバル化と結び付けて考えさせた。現代社会では,多様な文化が相互に影響し合う一方で,世界各地で似たような商品や食事が流通し,地域固有の文化や季節性が見えにくくなる側面がある。本実践では,イギリスの文化史と政治史の連続性を手がかりに,食文化の均質化が過去の産業化や都市化だけでなく,現代のグローバル化の中にも見られる問題であることを捉えさせた。これにより,生徒は身近な食文化を通して,文化の多様性と独自性がどのように維持され,あるいは薄れていくのかを主体的に考察することができた。本実践は,イギリス史を政治制度や産業革命の知識として理解するだけでなく,それらが生活文化にどのように影響したのかを考える授業である。食文化という身近な題材を用いることで,生徒は歴史的事象と現代社会とのつながりを実感しやすくなる。
なお,諸文献およびイギリス史に関する内容については,本校の生徒の実態に即して理解を促すため,授業者による一定の再構成を加えている。
参考文献・資料
- 小野塚知二(2005)「第Ⅱ部 歴史のなかの自然 7 イギリス領市はなぜまずくなったかーイギリス食文化衰退の社会経済史的研究ー」佐藤清隆・中島俊克・安川隆司編『西洋史の新地平ーエスニシティ・自然・社会運動ー」(刀水書房)pp. 103-120。
- 小野塚知二(2010)「第2部「イギリスらしさ」を読み解く[第6章]イギリス料理はなぜまずいか?」井ノ瀬久美恵編『イギリス文化史】pp. 113-123。
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E6%96%99%E7%90%86
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%83%E3%82%AF_(%E5%AE%B6%E4%BA%8B%E4%BD%BF%E7%94%A8%E4%BA%BA)